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お久しぶりだな世紀末。年の瀬に #エモ散らかし隊 Advent Calendar 2019

20年前の今日、僕は人生ではじめての、そしておそらく最後になるであろう世紀末のクリスマスイブを迎えていた。
ノストラダムスの大予言に震える小学3年生だった僕は、人生で9回目のクリスマスイブを迎えられたことを心底嬉しく思っていた。12月24日はそれまでも心躍るものだったけれど、この年は特別に浮き立っていたのを覚えている。
世紀末という単語の、耳にしただけでドキドキするような響き。アンゴルモアの大王が本当に世界を破滅させてしまったらどうしようという怖れ。とにかく何もかもがいつものイブとは違っていた。
そのうえ、この年の11月にはゲームボーイソフト「ポケットモンスター金・銀」が発売されていて、僕の周りも日本中の例に漏れず大騒ぎだった。
僕の家はお小遣い制ではなく、クリスマスイブと誕生日だけが欲しいものをねだれる日だったから、1999年が明けた瞬間、今年サンタにはポケモンをくださいとお願いするんだと心に決めていた。
もちろん、サンタがいるなんて信じてはいなかったのだけれど。

我が家のサンタクロース、つまり父親は僕に輪をかけて読書が好きな人だ。どちらかというと僕が本にまつわるモノ、コト、ヒトの全てが好きなのに対し、父はただひたすらに活字を追うことを好むタイプだった。好むというより、ただ黙々と、そこに何か書きつけてさえあれば読むような人。物心ついた時から僕はこの人が泳ぐか、酒を飲むか、本を読む姿しか見てこなかったと言っても過言ではない。
そんな寡黙なサンタだったから、毎年クリスマスにはお願いしたプレゼントに添えて本を1冊贈ってくれていた。
僕はといえば、その本を読みはするけれど、特別ありがたいと思っていなかったような気がする。今の僕からしたら考えられないような話だけれど、本当だ。

そんなふうだったから、イブの朝の冷気に起こされた僕は1個のゲームカセットと1冊の本を枕元に発見することになるのだと信じて疑わなかった(僕の家ではクリスマス当日ではなく、イブの朝にプレゼントが届けられていた)
まさか本だけが枕元に置かれているなんて、夢にも思っていなかった。
ポケモンの不在を確認した僕は、平然と朝食をとっている父親の元へ走り、問い質した。なぜカセットがないのかと、喚き散らした。まだ夢の中でサンタを待つ妹たちのことなど気にもかけず、ただ大声をあげていた。
父は何も言わず、ただ黙っていた…のだと思う。あの時僕は怒りをぶち撒けるだけで、何も聞こえていなかったし、見えていなかったから。
どれだけ喚いても気が済まなかった僕は、とうとう手にしていた本を、父に向かって投げつけた。その勢いのまま、まだ登校の時間でもないのに家を飛び出して学校に向かった。この年のクリスマスイブは、金曜日だったから。
学校をサボってもおかしくないような、言いようのない怒りに支配されていたにも関わらず、その辺りは冷静だった。当時の僕は、絵に描いたような優等生だったから。
小学校6年間で、1人の生徒は1度しか授賞できない善行児童表彰に、特例で2回選ばれていたし、いつも学級委員長を任されていたし、宿題だってやりなさいと言われたことなんてなかった、先生の言うことはきちんと守っていた、お風呂やお茶碗だって洗っている。
「サンタクロースは良い子のところにプレゼントを届けてくれる」んじゃなかったのか。こんな「良い子」そうそういないのに。なんでだ。
その日の僕の頭には1日中、そんな気持ちが渦巻いていた。

学校から帰ると、なんてことないように居間のテーブルにポケットモンスター銀が置かれていた。
それまでの不機嫌が嘘のように僕はテーブルに駆け寄り、ひとしきり歓喜の声をあげたのち、カセットをゲームボーイにセットし遊び始めた。本のことはすっかり忘れていた。
その日も前日同様夜遅くに帰ってきた父とは、顔を合わせることもなかった。明けて土曜日の朝、クリスマス当日、いつものように静かに本を読む父のそばで、僕は1日中ゲームの画面に見入っていた。

そのまま20年の月日が流れた2019年のお正月。僕は例年通り帰省していた。平成最後のお正月も、いつものように実家の冷蔵庫に首を突っ込んでタダ酒を満喫し、だらだらと新春特別番組を眺めて過ごすだけ。飽きたら本を読み、眠くなったらコタツで眠る。居心地の良い実家で束の間の至福を味わっていた。
やることもなくなって、父の蔵書から何か読もうと思い立ち、本棚の前に立った。父と僕は部屋を共有していたから、そこに並んでいるほとんどが読んだことのあるものだった。昔読んで面白かったあの本が確かあの辺りに…と伸ばした手の先に、読んだことのない本があった。
だけど見覚えがあった。
それはまさに、20年前のあの日、僕が父に投げつけたあの本だった。
なんでこんなところに…と思いながらページをめくっているうち、すぐに夢中になった。
お昼時になっても読み続けていると、僕を呼びに父がやってきた。
父の視線が僕の手元に向けられているのが分かった。それでも父は何も言わなかった。僕もなんと言ったらいいのか分からなかった。思わず「この本貸して」と口走っていた。ずいぶんぶっきらぼうだったと思う。なにせ恥ずかしかったから。あんなことをしておきながら、よくそんなことが言えたもんだと恥ずかしくもなった。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、父は表情ひとつ変えずに「いいよ」とだけ言った。

晩になり、いつものように父と酒を飲んでいた。特に話をするわけでもなく、父が録画している健康番組を1.5倍速で眺めていた。

「メリークリスマス」
クイズの答えが発表されたところで、父がボソリと、でもたしかにそう言った。
僕はとっさに返す言葉がなく「何言ってんだ、お正月だよ」と苦笑いをするだけだった。あの日と同じように、また謝れなかった。
それでも父は、満足げな赤ら顔で焼酎のグラスを傾けている。
小学6年生ぶりにもらった、遅めのクリスマスプレゼントは特別高価ではないけれど、ずいぶん良いものに見えた。


この記事は、鶴さん(@dmdmtrtr)の年の瀬に #エモ散らかし隊 Advent Calendar 2019 に寄せて執筆しました。年末に素晴らしいイベントをありがとう。

昨日の担当は趣深い文章と写真で感情を揺さぶるくじらさんの記事でした。これが情感か…。

そして明日はついに真打登場。エモ企画の女王、鶴さんのターン。この年の瀬大掃除の季節にどこまでエモ散らかしてくれるんだろう。乞うご期待。

というわけで今回はここまで。バイバイ!

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