#忘れられない旅　第6話　1990年6月　パタヤ

　人生は旅のごとし。ということで、古い話が多くなり恐縮ですが、「旅」の思い出として人生を振り返ります。
#忘れられない旅

　第６話　１９９０年５月　パタヤ
　人生のほとんどを福島県郡山市で過ごしていますが、1988年4月から1993年3月までは「横浜税関で勤務」していました（東京8ケ月、横須賀１年、横浜３年４ケ月と住まいは転々としていました）。この５年間というものは長い旅をしていたような気がします。
　第４話からは、そんな横浜という旅の時代をつづります。

　ひょんなことから同期と２人でタイ旅行を始めましたが、急ピッチでバンコク市内の主要観光地を巡り終えてしまいました。
「よし、バンコクの旅行代理店でパタヤまでのツアーを申し込もう」
どちらからともなく、そんな話が飛び出しました。日本で「バンコク・パタヤ」を巡るツアーを申し込むと旅行代金が高くなるので諦めましたが、現地料金なら「安いのでは」と目論んだのです。
「そうだな、元々、語学研修のつもりで旅行に来たのだから、現地でコミュニケーションをとろう。大きな駅に行けば旅行代理店があるだろう」
　ということで、２人でフアランポーン駅に行き、朝ご飯食べて（第５話）から旅行代理店のドアを開けました。

　拙い英語でパタヤまでのバスとホテルを予約し、代金を支払いました。今にして考えると無謀とも感じますが、それが若さってもんなんだろうと思います。

　翌日、パタヤビーチを訪問し、透明なビーチでシュノーケリングを楽しみ、土産物売りの子どものボッタクラレ、瀟洒なホテルで一服してから２人で飲みに出ました。

　メニューも良くわからないまま、静かに飲んでいると２人組の若い女性に声をかけられて相席となりました。女性たちは日本では見たことが無い原始的なゲームをテーブルに出してきて、言葉も通じないまま4人でゲームに興じました。

　１人は美人、１人は小柄で可愛い感じです。何となくですが美人な方は同僚に、可愛い方は私に対するスキンシップが多い感じでした。
　宴たけなわというところで、小柄な女性が私に囁くように尋ねてきました。
「（英語です）この後、あなた達のホテルに行ってもいい」

ドキン！

と胸が高鳴りました。齢20の健康男子です、据え膳喰わぬは男の恥、旅の恥はかき捨て！

「No、No」

　私は首を横に振り、同僚と目くばせをして会計を済ませました。
　女性たちの分も食事代は出させていただきました。彼女たちの時間を無駄にしてしまったせめてものお詫びという感じです。

　それから30年以上経ちましたが、「女性から声をかけられる」ということはありません。おそらくこれからも無いでしょう。そういう意味では一生に一度あるかないかの機会を逃してしまったのかもしれません。
　チャンスの神様の前髪を掴むことができなかった私はヘタレなのかもしれません。

　けど美人局（もう死語に近い言葉ですね）の恐れも否定できず、何よりも「本当に女性なのか」という確信が得られず、その時は大人の階段を登ることができませんでした。
　あの時に「YES」と応えていたら、私の人生が変わったかもしれません。新しい価値観に目覚めたかもしれません。

　翌朝、朝早く目覚めた私は、パタヤビーチをパタパタと走りました。

　何故か涙が流れてきたことを覚えています。