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【創作】農家イタリアン Arigato

 野菜サラダに添えられていた苺を最初に口に入れる。
「何これ、美味しい。なんて言うか、苺苺しているというか、すごく苺の味が濃いですね」
 テレビに出てくるレポーターみたいなコメントで、自分でも恥ずかしいと思うけれど、思いもかけず言葉が飛び出す。今まで苺だと思って食べていたのは何だったんだろう。
「口に合って良かったです。これ田村町にある、ふかや農園さんの苺なんですよ。東京のレストランとかでも人気があるらしいです。うちに葡萄も納めてもらう予定です」
 木元は自分が褒められたかのように、満足気な顔をしながら説明した。
「他のお野菜も、お試しください。野菜もお肉も、地元の生産者さんと契約した、拘りの逸品揃いということです」
いわゆる「ドヤ顔」を前に、それは彼方の手柄ということではないと思うのですが、と、少しイジリたくなる。
「なるほど、随分と詳しいようですけど、よく来ているのですか」
「とんでもない、まだ2回目です。職場の先輩に一度連れてきてもらっただけです」
「こんなに美味しいのに、利用しないというのは、木元さんらしくないですねぇ。家から遠いからですか」
「利用したい気持ちはあったのですが、最初に食べて『すごく美味しい』と感動した時に、『西野さんにも食べて欲しい、西野さんと一緒に食べたい』という気持ちが浮かんでしまい、自分だけで来る気持ちになれませんでした。今日は西野さんと一緒に来ることができて嬉しいです。ありがとうございます」
 暫く逢わないうちに、随分とトークが上手になったようですね。それとも、この人のことだから、本心からの素直な言葉なのかしら。まぁ、どちらでも良いことにしましょう。今日は美味しい食事を楽しむことが、一番大事ですね。
「で、店の名前もarigatoということですか」
「偶然ですが、西野さんへの感謝を伝えるのに、ピッタリの店名でした」
 運ばれてくる料理を食べながら、木元が店のことを教えてくれた。東京電力原子力発電所事故の後、風評被害で苦しむ農家さんたちの力になりたいと考えたオーナーが始めたとのことで、木元が勤める「元宮ワイナリー」と同じコンセプトを持ち、農家さんとお客様を大切に考えているお店みたい。なるほど、それでお値段もリーズナブルということですか。
「うちのワインは、まだ置いて貰えないんですけど。いつか、ここの料理とのマリアージュも、西野さんと一緒に楽しみたいです」
と言われた時には
「いつかじゃなくて、早く実現できるよう、ちゃんと営業してください」
と返してしまった。厳しいようだけど、彼方の営業力ならできるはずです。
 多くの女性客で賑わう店内では、お酒を楽しんでいる人も多い。メニューには、日本酒やワインなど、食材に負けない質の高いお酒が掲載されているように見えた。
 賑やかな女性客の中で、独りで食事をとるのは、ちょっと居心地が悪そうなので、木元は店を利用できなかったのかもしれない。そういえば、カウンターに独りでいた中年の男性は、肩を小さくしながら食事をしていた。
 木元さん、私が来て、一緒に来ることができて良かったですねぇ。

「今日は西野さんの歓迎会ですから、食事代は持ちます」
 食後の会話が途切れたところで、木元が伝票を持って立ち上がる。ほんと、暫く逢わないうちに成長したものです。嬉しいけれど、ちょっと残念な気もしますね。逢えなかった時間があるということが。

「お会計は、大沼様からいただいております」
 レジ担当の女性から告げられた木元が西野の方を振り向く。
いや、私にどうしろと言うのですか。
「大沼さんって、誰ですか。このお店の方ですか」
(あぁ!)
木元が声にならない声を発し、少し天を仰ぐ。思い出して、納得したようにレジの担当者に挨拶し、店のドアを開けながら教えてくれた。
「大沼さんって、多分、ワイナリーに時々来てくれるお客さんです。この店のことも、話をしていたような気がします」
「その人が私たちの食事代を出してくれたのですか。木元さん、そんなに親しいのですか」
「いや、そんなに親しくは無いのですが、熱心なワイナリーファンだと聞いています。後、「変わった人」だと聞いていますので、多分、変わったことをしたかったのでしょう」
 変わった人に変わった人と言われるということは、逆にまともな人なのか、相当に変わった人なのか、まぁ、良くはわかりませんが、頑張った御褒美ということで、御馳走になることにします。


 車までは、ほんの少しの距離しかないけれど、西野は木元に寄り添い、腕をそっと絡ませた。


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