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【創作】外伝1 乾杯 題名のない物語

 着替えてリビングに入ると、テーブルの上に見慣れぬダンボール箱があった。送り状を確かめようとする間もなく、キッチンから声がかかる。
「あの子から荷物が送られてきたの。お父さん、開けてみてくれる」
声に従い箱を開封する。中には一通の手紙とワインボトルが二本。
『お父さん、お母さん、お元気ですか。私は元気です。二度目の初任給をいただきましたので、細やかですが、郡山産のワインを送ります。二人で楽しんでください』
 ボトルを手にすると、風車、大地、川をモチーフとしたラベルに「Vin de Ollage」という文字。フランス語だろうか。意味はわからない。
「あら、ワインなの。一緒に飲みましょう」
料理を運んできた妻の嬉しそうな表情に、自分も嬉しくなる。
「何でワインなんだ。お酒を控えて欲しいと言ってたくせに」
「彼氏がワイナリーに勤めているから、そこの製品なのでしょう」
眉間に皺が寄るのがわかる。
「もう、彼氏ができたのか。まだ、引越しして1ケ月にもならないのに。そんな、すぐに口説いてくるような男、俺は認めないぞ」
「1ケ月も何も、前の会社の時からお付き合いをしていて、彼を追いかけて郡山に行ったんだもの、もう1年以上になるんじゃない」

(………オレハ、ナニモ、キイテイナイ)

「もう、そんな顔をしてないで、せっかくだから、いただきましょう」
ワイングラスが2つ、テーブルに置かれる。白ワインのキャップを開き、グラスに注ぐ。
「乾杯しましょう。あの子たちの未来に」
チン!
ワイングラスから、軽やかな響きが生まれる。
ワイングラスを口元に寄せる。爽やかな葡萄の香りが、心を躍らせる。
(若い)
不味いとは言わないが、軽過ぎる印象。まだ、中学生のような華奢なイメージ。可能性は感じるが、未成熟な味わいと、言わざるをえない。
「飲みやすくて、美味しい。和食と相性が良さそうね」
(相性、マリアージュか。お酒と料理の相性が良ければ、未熟でも、少し物足りないくらいでも、それもまた良いのかも知れない。大事なのはこれからどうしていくか、ということになるか)
「今から宿をとるのは難しいかも知れないが、ゴールデンウィークは、福島に行かないか」
「いいですね。あの子と日程調整して、宿を探してみるわ。「裏磐梯」にある「五色沼」というところが、凄く素敵らしいの。まるで「モネ」が描く水辺の風景のようなんですって」
「そうか、それは楽しみだな」
 二人で旅行をするのは、いつ以来になるのだろう。あの子が生まれる前だから、25年以上前になるのか。
「なぁ、これからは「お父さん」「お母さん」というのは、辞めにしないか」
妻は何も応えず、微笑みを浮かべる。頬がほんのりと紅い。

「乾杯しましょうか、私たちの未来に。俊彦さん」
ワイングラスから、軽やかな音色が生まれる。
それは、再び始まる恋を、祝福するかのように響いた。

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