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ふくしま逢瀬ワイナリーでの一こま(夢枕 獏先生風味)

 ワイナリーのテラスにある洒落たテーブルには、この風景に似つかわしくない中年の男が2人座っていた。週末の午前中だというのに、一人は仕事途中らしくスーツ姿であった。もう一人のラフな男の前には、黄金色に輝くシードルが満たされたグラスが置いてあった。

 近況を語り合うほど親しくはないが、相手を憎からず感じている、そんな空気が二人を包んでいた。スーツがラフに話かける。
「昨夜、○○という居酒屋でお見かけしました。私が後ろにいたこと、気づいていましたよね
 スーツは口角を少し上げて、試すように尋ねる。
「すまない、全く気づいていなかったよ
悪びれた風もなく応える。
「いや、責めているのではないのです。それでは、私が居ると知らないまま、うちのワイナリーの製品を褒めてくれていたのですか。ずいぶん褒めていたので、確信的と考えていました」
「ここの旨い酒の話をするのは、いつものことさ誰が相手でも同じだよ。じぃさんの代から正直者で通しているんだ。そして、旨い酒の話が好物なんだ」
 二人の間を風が吹きぬけた。
 この土地特有の緑に色づくような、山の精気を含んだ独特の色合いとの香りを有する風。
 二人の位置は変わらないが、心は歩み寄っていた。
 スーツが営業用ではない、自然な笑みを浮かべる
「私は、今夜もあの店に行くつもりです。あの店で夕食を摂ることが多いのですよ」
 一緒に行きませんか、と誘うことはしない
「お気に入りなんだね。確かに良い店だったよ」
 ラフも笑顔を浮かべる。が、一緒に飯を食おうとは言わない
 誘われたら拒否するつもりは無いが、せっかくの休日、オッサン同士で飯を食うより、女性との会食する可能性を残しておきたいというのが、正直な気持ちである。
「お休み中に失礼しました。仕事に戻ります」
「会えて良かったよ。また機会があれば」
 ラフは冷えたグラスをスーツの背中に向けて軽く持ち上げた後、シードルを口に含んだ。芳醇なリンゴの香りが口中に広がり、体を巡り呼気として自然に還る。
 『これだけの味を醸す醸造所が、この地にあるということは何と素晴らしいことなのか。
 シードル、ワイン、リキュールと多様な作品を醸しているが、何であれ、ここの酒に合うつまみは、この美しい風景と独特の風なのかもしれない。他に何も要らない』

 その夜、ラフが一人で居酒屋に入ると、既にテーブルに座るスーツの姿があった。
来ると思っていましたよ
「ちぇっ、サプライズのつもりだったのにな。座ってもいいかい
 悪戯が見つかった子どものように口を尖らせながら、返事を聞く間もなく、ラフがテーブルに着く。
「焼酎のボトルを入れてもよいですか」
「大好物さ」
二人の間に「一刻者」の赤いボトルが置かれる。
 ボトルが空になるまでに、そう長い時間は必要無かった。

 ということで、何の意味も無いように見える投稿ですが、筆者の好きなふくしま逢瀬ワイナリーのシードル2018が、英国で開催されたインターナショナルシードルチャレンジコンテストで、ブロンズメダルを受賞したとの新聞記事を受けての祝砲原稿です。

 2年振り2回目のブロンズメダルです。
 本場のコンテストに乗り込んでの受賞です。
 醸造を開始して、6年目の新参ワイナリーの受賞です。
 東北の片隅の、そのまた片隅で営業している、小さな小さなワイナリーです。
 浪漫があります。物語があると感じます。
 なお、通販を行っていますが、この投稿の時点で「送料無料」キャンペーンを実施していますので、よろしければ、サイトを御覧ください。

https://ousewinery.jp/

サポート、kindleのロイヤリティは、地元のNPO法人「しんぐるぺあれんつふぉーらむ福島」さんに寄付しています。 また2023年3月からは、大阪のNPO法人「ハッピーマム」さんへのサポート費用としています。  皆さまからの善意は、子どもたちの未来に託します、感謝します。