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【創作】憂鬱な専務が世界を回す

【新作予定の『光流るる阿武隈川』外伝です。本編をお読みいただいた方へのアフターサービス・興味をお持ちの方へのbefore serviceのつもりです。本編に登場しない方が、今回の主人公ですので、ネタバレの要素はほとんど無いです。が、本編を真っ新で読みたい方は、ここで、お止めいただいた方が良いと思います。本編をお読みの方は、お楽しみください】
以下、本文です。

 入社して11年目の4月、斎藤健司は総務部長から専務取締役に昇格した。
それから半年以上も経つのに、健司は今日も憂鬱な気分で会社に向かう。

 自分が専務に昇格したのは、いずれ、従業員約五十人の絹織物の製造を主業とする斎藤織物を継ぐ存在だからである。会社の業績に大きな貢献をしたからではない。単純に言えば血統(コネ)ということになる。
 それだけではない、この数年間、スタッフ部門に正職員の新規雇用をしていないため、正職員では最年少であり、古参の従業員からすれば、未だに社長の息子(ボンボン)扱いである。もちろん、あからさまにそういう態度をとる者はいないが、健司が提案をしても「それは過去にこのような経過がありまして」と、慇懃無礼な態度で否定されるのが常である。

 そして、「専務」と言えば、重職のようにも見えるが、実質的な部下は一人もいない。総務部長、事業部長が、ほとんどの事務事業の決定権を有しており、健司のところには、事後的な報告が来るだけである。端的に言えば、健司から実務的な権限と部下をはく奪し、父である「社長の代理」をする飾りとするための肩書として、専務という職を作り、そこに祭り上げられたのである。

 地域団体や業界団体の儀礼的な会合などに、社長代理又は時期社長として出席するのが、今の健司の主な仕事である。それ以外の時間は、執務室の窓際で決裁書類に目を通すか、ネットや業界紙等による情報収集という名の暇つぶしをしているだけである。その知識や情報について、執務室でも現場でも、健司が口を挿むことを心良く思わない従業員が多い。
 会社は、健司の才覚ではなく、ベテランの課長、部長たちが築き上げてきたシステムで動いており、健司の意見は、それを乱す効果の方が大きいと考えているようである。

 一見すると、既存の取引先をベースに、会社は上手く回っているので、健司も大きな声を出そうとは思わない。が、若い経営者としての健司から見ると、今のままでは、業績が下降していくことは明らかである。
 業界そのものも斜陽であり、人口減少社会でもあり、絹織物の需要は落ちていく一方である。しかし、自社のような地場の中小企業に、何か変革を起こすような余力はない。それぞれの従業員は精一杯自分の職務に従事しており、新規の取引先を開拓したり、新製品の研究をすることは難しい。
 そんなことを考えながら、インターネットで情報収集(ひまつぶし)をしていると、高野総務部長が健司のところに近づいてきた。
「専務、一点、御相談したいことがありますが、今、よろしいですか」
珍しいこともあるものと、少し驚く。普段なら方針が決まった稟議書が机に置かれるだけで、高野は説明をしようとしない。時には、頭越しで社長に相談してから、健司に報告するだけである。
 おそらく、相談とは言うものの、方針は高野の中で決まっており、形式的な報告だということが予想できた。
「時間は大丈夫です、お願いします」
極力、不満そうな表情を顔に出さないようにしながら、話を促す。
「大越技術課長から相談がありまして、大越の娘が、家族で木幡に転居するにあたり、娘の夫が仕事を探しており、我社で雇用できないかとのことでした。従来、新卒以外の採用はしておりませんし、断るつもりですが、人事案件でもありますので、専務のご意見をお伺いしてからと考えた次第です。大越の話では、これまで紡績関係の企業に勤務していたので、繊維については、ズブの素人では無いとのことです」
 高野の中では、既に断るための説明文が創られていることだろう。おそらく、その言葉には
『専務にも相談したんだが、専務が駄目というので』
という文言も入れてあると察した。
「年は、何歳ですか」
「確認していませんが、大越の娘の同級生と聞きましたので、27、8くらいかと思います」
 健司の脳裏に、何かで読んだ言葉が浮かぶ。
「まちづくりには、ワカ者、ヨソ者、バカ者が必要である」
 会社の活性化も、同じかもしれない。27、8ならワカ者と言えるだろう、そしてヨソ者でもある。そして、もし、バカ者だとしたら。
「社長には俺から話をしますので、大越課長に娘の夫の、履歴書を準備するよう伝えてください。採用の可否はともかく、大越課長のためにも、軽々に断ることなく、検討しましょう」
 高野は(中途採用の前例は無いですが)とは、重ねて言わない。そのことは、先に説明している。しかし、総務部長として、言うべき意見を伝えた
「承知しました。そのように取り計らいます。ただ、現在のところ、特に人員を必要している部署は無いことを、念のため、ご意見させていただきます」
 新たな職員を取るべきではないことを仄めかす。
「そうだな、余剰な人員を抱えることは、会社にとり相当な負担になる。高野部長が心配してくれる気持ち、よく解かります。ありがとうございます」
 新しい社員を採用するとしたら、社長にも、その必要性を説明する必要がある。健司の脳裏に大越課長の顔が浮かぶ。三十年に渡り不平不満を言わず、誠実に実直に、勤務してきた従業員の一人である。おそらく、その大越が初めて会社に頼りたいと考えた事案だろうと思う、健司の直感は
(その義理の息子、我社に入社させたい)
と響き、胸の鼓動を早くしていた。天啓のようなものを感じていた。
「部長も承知しているとおり、織物業界の先行きは明るいとは言えない。これから、我社が生き残るためには、何かしらの起爆剤が必要だと思う、どうかな」
「仰るとおりです」
「俺は、『世界一薄くて軽い絹織物の開発』に挑戦したい。それに見合う人材であれば、その男にプロジェクトとして挑戦させたい。我社の技術力は業界でも最高峰に近いと思う、それを製品として、見える形に、挑戦したい」
「世界一薄くて軽い絹、ですか」
「あぁ、以前、デザイナーの桂久美さんも、もっと薄くて軽い素材が欲しいと話をしていた。是非挑戦したい」
「承知しました。大越に履歴書を準備するよう伝えます。また、進捗があれば御相談します」
高野は、健司の席から離れた。
どうか、バカ者であって欲しい。そうであれば、この憂鬱な日々が終わるかもしれない。
健司は恋する若者のように、胸を高鳴らせた。

 中途採用されたその男は、熱心というか、諦めが悪い男だった。先輩技術者たちが、
「それは過去にこのような取組みをして失敗している」
と説明しても、
「けど、今なら何かできるかもです」
と技術改良に取り組み、営業担当者のベテランたちが、
「そんな一流ブランドが、我社を相手にするわけがない」
と忠告しても
「けど、今なら何かできるかもです」
と、専務と二人、新規顧客開拓にも積極的に動いた。

 採用された年も、二年目も三年目も、同じことを言いながら、研究・開発・営業にまい進した。過去の資料を読み漁り、あらゆる伝手を使い情報を収集し、様々なアプローチを試した。専門的な技術に特化してないためか、柔軟な考え方をしていた。
 社交性があるタイプではなかったが、常に相手のことを考え、他人のために汗をかくことを惜しまなかった。その直向きな姿勢を前に、「君が言うなら」と、様々な形で協力をする者が、社の内外に増えていった。
 バカの一つ覚えという言葉を踏まえれば、
「今なら何かできるかもしれないです」
と、呪文のように繰り返し、三年以上もの間、挑戦し続け、失敗し続けた男は、典型的なバカである。

 健司の憂鬱な日々が終わり、不安な日々が続いてから四年目、福島県の片田舎にある小さな織物工場で、機械織による
『世界一薄くて軽い、世界一美しい絹織物』
が産声を上げた。
 まるで重さを感じさせない、透き通る、美しい絹織物を手にした健司の心の中に、祝福の歌を奏でる、天女の声が響いた気がした。
「中村君、この織物、「Goddess Clothes」、「女神の衣」という名前はどうだろう」
「同じ名前を考えていました。俺は、女神に導かれて、この地に来ましたから。女神の加護があるから、必ずできると信じていました」
 愚直な男たちは、工場の片隅で、輝くような笑顔を見せた。

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重ねて申し上げますが、新作予定「光流るる阿武隈川」の外伝ですので、本編をお読みいただいた方は、より楽しめます。
そして、「光流るる阿武隈川」は、福島太郎の過去作を読んでいただくと、より深く楽しめます。少なくとも、「夢見る木幡山」は必須です。


私の言葉は信じなくても構わないのですが、レビューも面白いので、レビューだけでも読んでください。



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