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【企画参加・創作】水販売を始めたスーパーの話

  本日も、メディアパルさんの企画に参加です。

【注意してください】
・今回は「事実をベースにした創作です」
・以前投稿した「水商売を始めた役場の話」を改題しています。
・本文だけで6000字を超えており、いつもより長めです。最後に追記があります。
・「水商売を始めた役場の話」は拙著「恋する旅人」に収録されています。

 前振りが長くなりましたが、以下、本文です。
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 戦後から高度成長期に向かう途中、日本が「貧しい国」だった頃のお話です。
 そんな貧しい日本の中でも、東北地方は全体的に貧しく、とりわけ山形県東川村におきましては、月山の麓で細々と農業を営むという典型的な「貧困な農村」で、山形県における住民年間所得 最下位を連続記録している状況でした。

 そんな東川村役場で勤務する若手職員の相沢に、課長である伊坂が声をかけた。
「来月の15日~17日に東京出張があるから、予定を入れるなよ」
「何の用務ですか」
伊坂は周囲を確認してから小声で伝えた。
「福伝寺の裏にいる薄井さんは知っているよな。薄井さんの孫が東京の大学を卒業した後、そのまま東京のスーパーで働いているらしい。で、村長が薄井さんと話をして、その孫に対して、村の特産品をスーパーで扱えるよう商談をすることにしたらしいのさ。その交渉役として矢が立ったのが、俺とお前ということになる」
「そんなの、役場の仕事ですか。農協とか商工会の仕事ですよね」
「気持ちはわかる、しかし、農協も商工会も何の実績も上げられていない。村長も次の選挙に向けて実績が欲しいんだよ。何もしないわけにはいかないということさ」
「まぁ、仕事と言うことであれば行きます。が、17日は土曜ですよね。午後からは自由時間になりますか」
「良いとは言えないが、用務としては16日に薄井さんの孫と会うだけで、後は移動時間になる。19日にちゃんと出勤して貰えれば、問題は無い」
「わかりました。宿も課長とは別で良いですか」
「その方がお互いに気楽だな。後でスーパーの住所と地図を渡すから、間違えないように頼むぞ。銀座にある店らしいから、ちゃんとした格好をしてくれよ」
相沢は、いつもヨレヨレの作業着を着ている伊坂に対し(お前にだけは言われたくない)との言葉を飲み込み、黙ってうなずいた。

 銀座にあるというスーパー「ライブ」は、伊坂と相沢が考えていた銀座のイメージとは異なる世界に存在していた。「銀座八丁目」という場所の最寄り駅が、有楽町ではなく、新橋ということは地図で確認し、新橋駅を待ち合わせ場所としたことは良かったが、華やかさが全く無い、雑居ビルが林立する景色を前に、浮かれた気分と緊張が崩れていった。
 駅から徒歩15分、ライブ日比谷店に着いた二人は、薄井と面談したが、予想以上に対応は冷たかった。
「婆ちゃんがお世話になっていますから、お力になりたい気持ちはあります。が、スーパーで販売する商品は、川上からルートが決まっているのですよ。親会社やそのまた親会社の意向もありますし、年間を通じての販売計画や販売目標も決まっています。そこに割り込むということは、そのシステムを変えることになりますので、社長でさえも軽々には決められない重要事項になるのです。それに、大事なことは、需要が無ければ売れないということです。誰が東川村の産品を買うのですか。どんなニーズがありますか。他の自治体と異なる「特徴」とか「価格」とか、明確な「ブランディング」はありますか。需要が無ければ供給も無しということになるのです。人口が多いから購入する可能性があるわけではないのです。
 また、米、山菜、茸ということですが、数量、ロットが揃えられますか。スーパーでは品物を切らすわけにはいかないのです。数量は安定供給、価格は安心供給を守る必要があります。採れるか採れないか、山に入らないとわからないような物を扱うわけにはいかないのです」
 ということを雑談交じりに説明してくれたが、要は「扱えません」ということだった。最後に、
「仕事の話はここまでとしまして、この後の御予定はありますか。無いようでしたら、少し東京を御案内させてください。店長からも早退してよいと許可を得ています」
との話をされ、3人で早めの夕食へと繰り出した。薄井が一次会で去った後、2件目のラーメン屋で、泥酔気味の伊坂が
「薄井君は好青年だったな。1時間も話を聞いてくれて、夜も案内してくれて。来た甲斐があったなぁ。やはり同郷というのは大事だな」
と繰り返し語るのを聞きながら、相沢は
(商いについては0回答でしたし、孫は山形市生まれの山形市育ちですから、村の同郷ではないですよ)と、冷めた気分で頷いていた。

 19日(月)の朝一番で、伊坂と相沢は村長への口頭復命を求められた。村長は期待で目を輝かせている。また、スキンヘッドの頭も輝いていた。伊坂が東京出張に係る準備や移動についての苦労話、そして薄井との交渉経過を説明し、
「大変な好青年でした。今後も色々と相談させていただいても良いと思われます」
と結んだ後に、村長が伊坂に尋ねた
「結論だけで良い、結局のところ何も商いはしてくれないということか」
「お言葉ですが、販売ルートやロット、ロットというのは扱い量のことが問題になりますので…」
「結論で良いと言った。東京まで旅費をかけたが、可能性も含めて何も無いということだな」
「端的に言えば、そういうことになります」
伊坂はさも重大な報告をするように、慇懃に答えた。
「相沢君も成果無しか。ライブ以外でもいい。若者目線で、何か見つけられなかったか」
口ごもる相沢を伊坂が肘でこづく。「何か言え」のサインである。相沢は絞り出すように答えた。
「み、みず、水ならば、東京で売れるかも知れません」
周囲で聞き耳を立てていた他の職員が苦笑いする声が伝わってきた。伊坂は下を向いたまま固まった。村長は静かに息を吐いた。
「薄井さんがそういう話をしたかね」
「していません。薄井さんは課長が報告したとおり「ロット」、「特徴」、「需要」などの話をしていました。しかし村長、東京の水は、凄く不味いのです。臭くて苦くて、飲むのが苦痛でした、体にも悪そうでした。それなのに水道料金、お金を払って水を使うのです。あんな水を飲まされるのなら、うちの村の美味しい水に需要があると感じました」
「実際に水を売っている店はあったか。君の言う需要とやらはあったかね」
「売っている店は見ませんでした」
「それは需要が無いということになるんじゃないか」
「おっしゃること、わかります。しかし、本当に東京の水は不味いのです。飲めたものじゃないのです」
伊坂が肘で、相沢の脇腹をこづく。「止めろ」のサインである。村長は静かに伝えた。
「相沢君、もう一回、東京に行ってこい。水を薄井さんに飲んでもらいなさい。そうそう旅費を使うわけにもいかない、一人で行けるな」

 再び訪れたライブの会議室で対面した薄井は、不機嫌な表情を隠そうとはしなかった。
「前も申し上げたとおり、新たな商品の取り扱いは重要事項なのです。専門のスタッフもいます。私がどうこうできるレベルでは無いのです。しかも商品が「村の水」って、こういう言い方をするのは失礼ですが、我々の商売は遊びじゃないんですよ。皆さんのように、仕事をしなくても給料が貰える身分じゃないのです。少しでも多く売るために、1分1秒でも惜しいのです。それが、こんな度々来られて、無駄な話を聞かされて。僕がクビになったらどうしてくれるのですか。役場で雇ってくれますか。今更、村役場なんかで働く気はないですけど」
 薄井の言葉に、相沢はうなだれるしか無かった。自分の仕事に何の正当性も主張することができず、(来るんじゃ無かった、どうせ断られるなら、来たフリをして東京観光でもしてれば良かった)と考えていた時、ノックの音がして、フラリと男が入室してきた。
「店長、何かありましたか。私もすぐに現場に戻ります」
慌てた薄井の問いかけに対し、
「いや、特に何もないから大丈夫、心配ない。せっかく山形から来ていただいたお客様に御挨拶させていただこうと思ってね。前回も御挨拶できなかったし」
「招かざるお客様ですがね」
店長は相沢と名刺を交換すると、薄井に概要を説明させた。相沢が少し補足しながら
「無理を申し上げて、薄井さんのお時間を頂戴し、誠に申し訳ございませんでした」
深々と頭を下げた。一刻も早く、この場を去りたかった。
「薄井君、僕、もう少し相沢さんと話をしてもいいかな。相沢さん、お時間はまだありますか」
店長は相沢が持参した水を飲み、少しの質問をした後、上を見上げた。何かを考えている時の店長の癖であった。間をおいて相沢に向き直り
「相沢さん、商品として扱うかどうかは即答できませんが、水を売るというアイディア、試してみますか。受託販売という形で良ければです。店としては水を売るスペースを御貸しします。配送等の経費は相沢さんたちの負担ですし、売れなければ1円にもなりません。本来の受託販売であれば月単位で賃料をいただく必要がありますが、今回はうちのトライアルとして実施しますので、賃料はいただきません。水が売れたら、歩合で手数料をいただく形にしましょうか。お互いにリスクを小さくして挑戦してみませんか」
予想外の話に、相沢も薄井も目を点にした。店長が話を続ける。
「欧州のレストランでは、水が有料だと聞きました。特に根拠は無いのですが、日本でも水を買う時代が来るような気がするのです。時代を先取りし過ぎている感じはありますが、一緒にやりませんか」
「本当に、よろしいのですか」
「相沢さんは水を売りたい、僕も売ってみたい。それなら問題無いでしょう」
店長は微笑みを浮かべるが、薄井は懸念する表情である。
「店長、私に対するお気遣いは無用です。売れない商品を扱うと、店長の責任問題が生じるのでは」
「心配してくれてありがとう。そのリスクはあるね。けど、薄井君、スーパーは商品を売るだけの場所じゃ無いのですよ。作る人と、必要な人を繋げる場でもあるのです。店の利益だけではなく、人とものを繋げるという社会的な役割、生産者さんを応援する責任もあるのです。東川村の方々が「生産者」とすれば、ご縁をいただいた我々は「棚を作る覚悟」を試されているのです。
 まぁ、綺麗事ばかりじゃなく、今度の店長会議で新しい企画を発表しなきゃならないので、今回の話はちょっと面白いと思うのです。試す価値があるかなと。相沢さん、身内の話を聞かせてしまい、すいません。そういう訳で、私としてもやるメリットはありますので、前向きにご検討いただければと思います。具体的な金額とか数量は、あらためて薄井と調整してください」
 店長は立ち上がり、相沢に右手を出した。相沢も立ち上がり、両手で店長の手を力いっぱい握りしめ、頭を下げる。
「何卒、何卒よろしくお願いします」
「天は自ら助くる者を助く、という諺もあります。今回も水から動く話ですから天の助けもあるはずです。水臭い話は無しとしましょう」
(この駄洒落が無ければ、良い人なのに)と薄井は思ったが、口には出さなかった。

 後日店長会議に提案した「水を売る企画」はユニークなアイディアとして幹部に受け入れられ、本社から若干の事業費が手当された。

 数年後、予想に反して、というと語弊があるかも知れないが、「水を売る事業」は順調に業績を伸ばしていた。相沢は事業の中心人物として、事業の拡大にまい進していた。
「村長、来月の出荷計画について決裁をいただきたいのですが、よろしいですか。ライブさんから今月の1.5倍の出荷要請があり、価格は2割増しでも良いとのことでしたが、職員の生産体制を組むのが困難になりますので、生産量は1.2倍、価格は2割増しで調整しました。こちらが、決裁文書になります」
「今月ではなく、来月の出荷計画なのか」
「はい、ライブさんからは今月の出荷増についても相談がありましたが、既に生産計画は決裁済でしたので、来月からにしていただきました。水を買う人が増えているのですねぇ」
村長は立ち上がり、机に置かれた決裁文書を相沢に叩きつけ
「バカヤロー、何を考えてやがる」
相沢を怒鳴りつけた。
「お前は、お前は、何を見て、何を考えて仕事をしている。来月の出荷計画が1.2倍なんて話を恥ずかし気もなくよく言えたな。この恥知らず、恩知らず野郎。そもそも、今月の出荷増の要請があったことをワシに報告しないとは、どういう考えなんだ。今すぐライブさんのところに行き、土下座してこい」
「お言葉ですが、ライブさんや生産事業部とは話をして了承を得ております。生産計画についても村長の決裁は事前にいただいている話ですから、その計画に基づいて進めました」
村長は深々と椅子に腰を沈めた
「あぁ、大きな声を出して、すまん。
 なぁ相沢、知らないことは仕方ない。わからないことはある。しかしなぁ、知ろうとしない、わかろうとしないことは罪深いことだと思うぞ。ワシもお前に声をかけなかったことについて反省している。今、東京は水不足らしいぞ。雨量が足りず、ダムの取水制限がかけられているらしい。それで水を買う需要が増えているのだろう。ライブさんから出荷増の要請があった時に、なぜその理由を聞かなかった。ライブさんも急に需要が増して困っているんじゃないのか。そのことに考えが及ばないお前の頭は飾りか。水事業の専門家じゃなかったのか」
激昂から一転、村長は悲しみの表情で相沢に話した。相沢に期待していたからこその激昂であり悲しみであることが伝わった。相沢は深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。今すぐライブさんにお詫びに伺います。土下座して謝罪してきます。」
「いや、それはワシが行く。謝罪はワシの責任ですべきことだ。お前はライブさんの必要数を確認して、早急に増産体制を整えてくれ。経費が増加するのは構わないが、ライブさんへの販売価格は据え置きのままとしてくれ。それが仁義というものじゃないか。
総務課長に今日と明日の予定を全てキャンセルするように伝えてくれ。ワシはすぐにライブさんに向かうが、今日中には戻れないだろう」
「村長が急に出張したら、役場は混乱します」
「役場が混乱する程度のことが何だ。村の将来に禍根を残すよりましだ。東川村は足元を見て商売する、仁義の無い村という話が広がれば、水事業だけではなく、他の生産品や村民の就職にも悪影響が出る可能性がある。ワシがそれを払拭するために動かず、誰が動く」

 さらに数年が経過し、ライブと東川村の間では水はもとより、村の他の生産品についても販路が広がり、村民所得は県内の自治体ではトップクラスとなった。「フェアトレード」という言葉が無い時代であったが、「お互いに適切な価格」、「困った時はお互い様」という暗黙のルールが生まれていた。また、ライブからの要請により「売れる生産品」作りに挑戦する農家が生まれ、ライブでは生産量が少ない品を「希少品」という位置づけでブランド化するなど、お互いの理解が深まるにつれ、相乗効果が高まっていた。
 さらに、誰も売れるはずが無いと考えていた「村の水」に価値があることを知った村民が、山形市や酒田市などに対する「大都市コンプレックス」を減らし、「東川村は質では負けない」というプライドを抱くようになったこと、新しい事業に積極的に挑戦する意欲を持つようになったことは、誰もが予想していなかった嬉しい効果となった。
「商売のド素人、役場の相沢でさえ、銀座のデパートと商売してるんだぞ、俺らが商売で負ける訳にはいかねぇべ」
「話が来た以上は、まずやるべぇ」
そんな会話が、村のあちらこちらで聞こえるようになった。役場の人間は「銀座ではなく新橋、デパートではなくスーパー」ということに気づいていたが、あえて訂正しようとする者はいなかった。

 長い昭和が終わり、平成、令和と時代は移り、水を購入することは常識となった。現在の東川村では、天然水だけではなく、地ビール、ワインなど、様々な特産品を生産している。本格的な工場製品に比べれば割高ではあるが、他自治体の製品と比較すると、かなり経営努力をした価格らしい。そして村人の話によれば、「品質は日本でもトップクラス」、銀座の名店とも取引があるらしい。

 薄井の婆さんはもちろん、村長も相沢も鬼籍となっているが、「仁義」という村の誇りは、大切に、大切に受け継がれている。

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(本文、ここまで)

 ここまで、お読みいただいた方がいらっしゃいましたら、感謝を申し上げます。ありがとうございます。楽しんでいただけるかどうかは、解りませんが、いくつかのバックストーリーを補足します。

・モチーフにしているストーリーは、「山形県西川村」のものになります。この村が、東京で「水を売り始めた」という話を聞いたことがありまして、山形県の湯野浜温泉からの帰り道に、西川町で昼食をとった際にこの物語のアイディアが生まれ、その日に一気に書き上げました。
 サムネ画像は、その時の「月山湖」になります。ここの茶屋で美味しい水を飲みたくて寄りましたが、結果は「休業中」でした。

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・西川村が「水を売り始めた」後、東京で渇水(水不足)が起きた際に、便乗値上げをせずに販売したというエピソードも聞きました。
・ネームドキャラが「相沢」、「伊坂」、「薄井」の3人ですが、名前を考えるのが面倒で、知人の苗字から「あ、い、う」を借りて、そのままにしました。
・前述した「恋する旅人」には、「つなぐ」というショートショートも収録しており、設定上は「薄井」の孫にあたり、「元宮ワイナリー黎明奇譚」で、「棚を降ろさない」ことを決めたスタッフとなっています。

・普通の方であれば、こんな長い原稿は途中で飽きて、読むことを止めると思いますが、メディアパルさんの中の人は、「必ず読んでくださる」と考えると「嬉しい」と「申し訳ない」が同梱されて、複雑です。

・再確認ですが、本文は「恋する旅人」に収録されています。

#好きなスーパー
#何を書いても最後は宣伝




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