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スペイン巡礼が「歩く自由」を教えてくれた

歩く旅の面白さに気付いたのは、スペインの巡礼路である「カミーノ・デ・サンティアゴ」を歩いたことがきっかけだった。フランスのピレネー山脈の麓から、スペイン北部にあるキリスト教の三大巡礼地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」を目指す約900キロの道のりだ。1000年以上の歴史を持つこの聖地への道は、世界遺産に登録され、今では信仰心からだけでなく旅行やレジャーとして世界中の人たちが訪れている。

自転車や、まれにロバに乗って巡礼する人もいるが、大半の人々は歩く。道沿いには巡礼宿が整備され、格安か無料で宿泊することができる。

私が歩いたのは、2016年10月。季節は秋で、広大な畑にはぶどうがたわわに実っていた。うっそうとした森を抜け、黄金色の小麦畑や石造りの村を通った。歩き始めて1週間もたつと、同じペースで歩ている人たちと顔見知りになる。「あなたはなぜ歩いているのか」。私たちは決まって、こう問いかけるのだった。

「スペインの食や文化をゆっくりと見てみたいから」。私はいつもこう答えていたが、実はそれは建前で、本当の理由は、それまでの旅のやり方を後悔しているからだった。その時、日本を離れてから1年が経とうとしていた。ずっと南米大陸をうろうろしていたのだが、旅の手ごたえを今一つ感じていなかった。それはバスを使ったからかもしれない。点と点を結ぶバスの旅は速くて快適だが、その間の景色は記憶からすっぽり抜け落ちている。せっかく期間を定めない旅に出たのに、なにを急いでいるのか。歩けばいいではないか。それも、ずっと憧れていたスペインに来たのだから。

そういう思いから、私は歩き始めたのだ。そして、約30日かけてゴールした後に感じたのは、「どこでも、歩いたら行けてしまうんだな」という感慨だった。900キロといえば、最初は途方もなく感じたが、歩き始めるとあっという間。私はさらにリスボンまで歩き、そこで中古の自転車を買い、モロッコに足をのばした。さらに途中で自転車を乗り換えながらヨーロッパを駆け抜け、トルコのイスタンブールに辿り着いた。

自力で何千キロも移動した経験が、私の心を自由にさせた。歩こう、これからは。そう思ったのである。

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