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第37話 ゆーちょんのお年玉

「お帰り!」

奥からママが声をかけてくれた。

玄関を開けるとすでに夕食の準備ができているらしい。

甘酸っぱい匂いがしている。


しょうちゃんはボクのリードを外しにかかる。

ボクは早くお部屋に入りたくて、しょうちゃんの慣れないリード外しを手伝った。

首をひねって、早く外れるように補助したんだよ。


お部屋に入るとすでに食卓には夕食の用意が整っていた。

ここからは見えないけど、お魚だ。


”ご飯をお願いします”

ボクはママのところに駆け寄って言った。

ママはボクのお茶碗にフードを用意してくれた。


ゆーちょんは、買ってきたビールを冷蔵庫に閉まっている。

おつまみのチーカマ買ってくるのを忘れちゃったんだよね。

ボクはご飯を食べながらそう思った。


しょうちゃんも上着を脱いで食卓に向かう。

ソファーに寝そべっていたた―くんも、もそもそと立ち上がり食卓へ。

ゆーちょんが出かけている間にソファーでのリラックスを満喫していたらしい。


ボクはご飯を急いで食べ終わらせた。

食卓のお魚をもらうのに、急がなければならないから気が気ではない。

フードを口に入れては、上を向いて飲み込み、口に入れては飲み込むのを繰り返した。


みんなが食卓を囲んで座ると、ママは例のごとく、ボクをキッチンチエアーの上に乗せたよ。


見ると、大きなざるに盛ったおそば、天ぷら、とろろが乗っている。

お魚のニオイは天ぷらのエビだったんだな。

ボクの前足はすでに、もぞもぞ状態。


でも、みんなはボクには気付かない。

思い思いにお箸をとって食べる体制を整え始めた。

ママとゆーちょんとた―くんは、コップにビールを注いでいた。


このタイミングでは、誰もくれないな。

みんなが食べ終わったころにおねだりしよう。

ボクは思い直してその場で伏せをして待つことにした。


「兄ちゃん、しょうたちにお年玉くれるの?」

しょうちゃんが、おそばをお猪口に入れながら、ゆーちょんに話しかける。


「はあ~?」

ゆーちょんは語尾を上げて返事をして、こう続けた。

「何んでオレがお前にお年玉やるんだよ。」

ゆーちょんは半分になったビールを一気に飲み干した。


「だって社会人は兄ちゃんだけだよ。私もタケシも学生だもん。」

しょうちゃんは悪びれることなくゆーちょんの返事にやんわりと反抗した。


た―くんは、そんな二人の会話には入って来ない。

ビールは少し苦手なのか、少しづつ口に入れている。


お年玉という、お正月のお小遣いには興味がないらしい。

っていうか、そもそも、みんなの、どの話にも興味がないみたい。

エビの天ぷらに手を伸ばし、おいしそうに味わっている。


「しょうちゃんには、お母さんからあげるから…。」

ママが二人の会話に割って入った。


しょうちゃんはママのそのことばに、おそばを飲み込んで口を緩めた。

ママからもらえることが分かったから、ゆーちょんからのお年玉はあきらめがついたのだろう。


「オレが小さいころからもらって貯めていたお年玉。おかんは使っちゃったんだよね。」


「あー、あれね~。」

ママは、ゆーちょんに鋭いところを突かれて口ごもる。

ゆーちょんが、小さい頃からおじいちゃんやおばあちゃんからもらったお年玉。

それをママはゆーちょんから預かって、貯金をしていたんだって。


ゆーちょんは、それを忘れていた。

お年玉をあげる立場になって思い出したらしい。


ママは食べるのを止めて返事に困っている。

ホントに使ってしまったんだな、とボクは思った。


「ごめーん使っちゃった。学資保険の資金にしてゆーちょんが大学に行く時に…。」

ママは返事をちょっと考えてから明るくそう答えた。


「なーんだよ!」

ゆーちょんはママをみて、不満そうにそう言う。


それでも、大学に行くのにはお金がたくさん必要なことは知っているのだろう。

それ以上ママを責めることはなかった。

おそばの上にエビ天を乗せると勢いよく食べ始めた。


「お年玉は、もらった時に、使わせてあげた方が良かったかな。」

ママは、おそばのおつゆを足し、そこにとろろを入れながら話を始めた。


「みんなが小さい頃、お母さんは若くてね。お給料も安かったから、生活は大変だったの。それでお年玉を貯金して将来の学費を貯めておかなければならないと思ったんだよ。」

「でもね。」

ママは続ける。

「その時にお年玉を全部使えれば、すごくうれしかったよね。3000円を5歳の時に使えたらすごーく感動したよね。

今の歳だと3000円はそんなに大した金額じゃないもの。お母さんのお金教育は間違ってたかもね。

お金がたくさんあれば、欲しいものが買えるっていう感動体験をさせて、将来、稼げる子にした方が良かったのかも。

貯金するってことは、あなたはこれ以上稼げないよ、と言ってるのと同じだよね。」


みんなは、おそばをすすりながら、ママの話を黙って聞いていた。

話し終わって、ママもおそばに手を伸ばし、食べ始める。


ボクはこのタイミングだと思った。

一番近くのしょうちゃんに向かって、エビのおねだりをした。

しょうちゃんは、残ったエビのしっぽをお箸を持ったままの手でつまんでボクにくれた。


エビのしっぽを飲みこみながら、ボクは考えた。

人間の世界には”お金”ってものがあって、いろんなものが買えること。

ゆーちょんがお店で買ってきたビールもお金ってヤツで買ってきたのかも。


ボクも今度、人間に生まれてきたら、いっぱいお金を使ってみたい。

そうしたら、しょうちゃんにおねだりしなくても、エビなんかいつでも食べられるよね。

ボクらの世界にはない、”お金”というもの。
なんだかすごく良いものなんだよね。きっと。


それは、”働く”ってことをしないと、もらえないらしい。

働くって何だろう?

何だか大変そうだけど。

それより、ご飯やおやつをもらえた方がいいかな。


ボクはしょうちゃんにエビのお代わり、しっぽじゃないところをお願いしてみた。

しょうちゃんは、エビ天のお皿を見て、あっ、と声にならない声をあげてボクを見た。


た―くんが、ゆうゆうと最後の一匹を箸でつまんだところだった。

そして、ゆっくりと口に入れてしまったのだ。


あると思っていたのにいつの間にかなくなっっていたゆーちょんのお年玉。

ボクは思わずゆーちょんを見る。

ゆーちょんもまたエビ天を口に入れたところだった。


ボクは、思わず、ワンワン吠えてみた。

でも、無いものは出てくるわけがないんだよね。





今日も最後までお読み頂きありがとうございます。

それではまた次のお話でお会いできればうれしいです。


















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