見出し画像

処女神の誇り Virgin spirit of Goddess

文化を持つということは、次の世代へそれを伝承し得るものの存在が必要とされることを意味します。そのような存在は、子育てから解放された強く賢いものでなければなりません。
あらゆる人類文化には、高齢女性の存在とともに、結婚や出産を望まない女性が存在します。彼女たちは防衛者であり、革命家であり、発見者でありました。助産婦や指導者たちには、言語、語り部、教育、芸術、陶芸、織物の知識を持つことが求められ、彼女らは、どの植物をどの時期に、どの場所で、どのような方法で採集し、また、どの植物を食すれば良いか、どのように治療に用いればよいかについて指導する能力が求められました。    By メリッサ・アレシム

全ての女性の中にいる処女神たち

独身の女性たちは、ギリシャ神話の女神アルテミスのように、独立心があり、芸術を守護し、小さきものたちを守り、女性たちと協働して革命を起こします。
女神アテナは、衣服のための美しい布を織る技術や教育、建築など、都市を創り、秩序を創り、あらゆる文化の継承者で、最古の女性指導者です。
他の女神たちが美しさを競い合ったり、男を取り合ったりしている喧騒から全く離れて、語り部として、家族の団欒の場である「炉」の中から静かに見守ってきたのは女神ヘスティアでした。この3柱の女神を、私たちは処女神と呼んでいます。彼女たちは「自己充足的で、心の重要な部分はどんな男にも属さない」という意味で、子供を持っているかどうか、未婚、既婚に関わらず、処女なのです。女神たちは、日常の些細な出来事の中にある聖なる次元があることを教えてくれます。

群の子育て

イルカの子育ては、お母さんと子供、そこに若い雌のイルカが必ず付き添って、3頭で一つの小さなポッドを作って協力して子育てし、支え合います。
平和の象徴、疲れ知らずのように見えるイルカたちですら、出産後は少し疲れを感じるに違いありません。若いイルカの助けをもらってする子育ては、お母さんに余裕を与えるだけでなく若いイルカは出産や子育てがどんなものなのかを学ぶための、良い機会となります。若い娘イルカはやんちゃな子供イルカと遊ぶ体力や気力も充実しています。おそらくほとんどの哺乳類は、群れで子育てをするでしょう。一人だけで、単独で何かをなし遂げることなど、できないのですから。

群の中にいても、群れに属さない処女神

人間の生命という神秘を身ごもり、産み出すというのは肉体的にもエネルギー的にも宇宙の神秘を体現するような大仕事です。第1チャクラを経て出てきた新しい生命は、最初のうちはまだ自我も持っていないので、第1チャクラ(セックス、サバイバル、家系や家族、お金、権威、血液や骨、細胞)という広大な無意識の領域から祖先の思いをDNAに受け継いで生まれ出た、もう一人の新しい自分だというわけです。

そんな自分という鏡と対峙すると、小さな子供の頃の癒されていない傷が浮上し、好むと好まざるとに関わらず、自分自身のインナーチャイルドと対面することもあります。そんな時、まるで真っ暗な冷たい海にたった一人で漂っているかのような、心細く孤独な気分になることもあるでしょう。産後うつで、目の前にいる子供から逃げ出したくなったり、他の人のようにうまくできないことを恥ずかしく感じたりして自分を責めます。けれども、完璧な人などどこにもいないのです。

最良の薬は、心置きなく涙を流すことです。そうしてはじめて心の底から笑うことができるようになるのです。人間も、イルカたちのように、立場を超えて助けあい、学び合えるのです。
ある時、子を持つ母の「女神の集い」のファシリテーターが「子供のいない独身の女性の方が、子供にも母親にも優しいと感じる。」と言いました。
独身の女性たちが持つ視点や心のスペースというのは、子供の心により近い純粋さではないでしょうか。母の女神は外敵の侵入から命を守るための家、群れ、家族を作りますが、処女神たちは家族という閉ざされた世界の外側からやってきて、小さき者たちの守護神となり、母親とは違う形で子供の成長を助けるのです。そのような形で子供に関わっていくことは、お互いにとって、新たな繋がりを築く機会になります。

記憶喪失からの回復

スピリチュアルな成長の道のりにおいては、「思い出す、気づく」ことはとても重要です。私たち人間は、「記憶」からできていますが、大切なことを忘れて、忘れてしまいたいことをよく覚えているものです。大人になれば、子供の純粋な心を忘れてしまうし、誰しもが生まれた瞬間から自由で独立した魂だけれども、根源では分かち難く繋がっていて、多くの叡智を共有しているという重要なことを忘れてしまいます。生まれる前に忘却の河で受けた洗礼は、重度の記憶障害を引き起こすというわけです! 生育過程においては、記憶のすり替えが起こります。家や両親のしがらみ、社会の常識に条件付けられた自分を、あたかも生まれつきそうだったかのように思い込んでしまうという…。この思い込みは、純粋な自分のエッセンスと社会的に条件づけられた自分との間に葛藤を引き起こし、人生に様々な問題をつくり出し、本当の自分の姿を忘れてしまうことになります。女性たちは特に注意深く気づいていないと、人生そのものを社会的条件付けに侵食されてしまいます。
ミトコンドリア・イブ(大地母神)からしたら、夫婦関係、家族や国境という概念、父親が誰かということすらも幻想です。私のように、子供を抱えて離婚したことのある人ならほとんど共感してもらえると思うのですが、どんな男の子供だとしても、子供は別です。誰の子だろうと、この尊い生命を守りたい、育てたい、共に在りたいと思うでしょう。子供の命のことと、夫婦関係の継続、そして経済ごとは、別建てのストーリーにしておかないと、人生はどんどん複雑さを極め、それゆえの諦めに満ちていってしまいます。

女のイニシエーション

独身の女性たちは、ある時期、ある瞬間、子供を持つかどうかの選択を迫られます。それはまさに閉経の時期で、全女性にとってのイニシエーションの時期です。偽装されたつまらない世俗的な概念を超えて、結婚をしない
とか、子供を持たない、という選択を自ら選び取るという機会を、世間という魔物に邪魔立てされてはなりません。
その選択を、外側の出来事、仕事、環境に流された結果として受け止めるのではなく、堂々と自らの生き方をつかみ取れるよう、処女神たちに助けを請いましょう。自分の命が聖なる次元で振動していると受け容れると、新たな人生を歩き始めることが容易になります。
多くの女性が、産む、産まないの選択と、ほとんど時期を同じくして経験する閉経期、更年期は、女性の意識の目覚めと真の霊的な(スピリチュアルな)成長の時です。閉経期の真っ暗な海の中での苦しみや悲しみの選択と経験は、深い優しさと共感力、ものごとをあるがままに包み込んでいく、穏やかな強さへの変容プロセスであり、女性独自のクンダリーニのイニシエーション《 通過儀礼 》です。またその選択とイニシエーションは、あらゆる職種、あらゆる立場の女性たちが、あらゆる境界線を越えて、承認と祝福を与え合うべきです。その時処女神たちは、肉体的なDNAの継承を越えて、霊的な継承を創り出すフェーズへと進化します。世界を導く松明となり、文化や生き方の創造者となるのです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?