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20221229-20230103 上連雀(三鷹市) #風景誤読

2022年の暮れ。

小学4年生まで住んでいた三鷹を歩いている。三鷹市立図書館の裏にあるアパートの1階から南浦小学校に通っていた。もう10年ほど前のことになる。

三鷹市立図書館

残念ながら、図書館は年末年始の休みに入っていた。ひとまず、思い出深いスーパー「サミット」に向かって歩いてみよう、と足を進めると見慣れない看板が目に入った。「あじさい」と書いてある。

あじさいのスタンド看板

なんだか年季の入った看板だ。私が住んでいたときからここにあったはずだが、全く思い出せない。はじめて見るような気がしてしまう。しばらく眺め、「あとで父母に聞いてみよう」ととりあえず写真を撮る。

すると「あなた」と声が聞こえた。ん?と振り向くと、知らない女性が二人立っている。一人は自転車を押している。「入らないの?」と問いかけられ、えーっと、これからこの辺りを歩こうと思っていて、看板を見ていただけで…とモゴモゴ言っていたら「入りましょうよ!」と強くすすめられてしまい、私はなんだか面白くなってしまったらしく「は、はい!入りましょう!」と答えていた。私の「意味のわからない展開」「突然誰かに侵入される展開」に反応する特殊なセンサーが、ガンガン鳴りはじめていた。

自転車を押して私に声をかけてくれた方は山下さんといい、もうひとりの方は南さんといった。

山下さん「ここでみんななんか声かけあって、私が一番最初ここに座ってて。ここに引っ越してきた時だから20何年前。もともと北野にいて、引っ越してきて、こっち。中原に。」

私「じゃあ、この店は20年以上?」

山下さん「20年どころじゃないよ!もっと前からやってる」

私「どうして私に声をかけたんですか?」

山下さん「なんか気になっちゃったのよね。だって、あの看板の写真撮って。ふつうはそんなことしないじゃない」

南さん「だって良い顔してるもんね」

山下さん「違う違う、そうじゃない!」

私「鈴木雅之?」

山下さん「なんで私、男の子に声かけるんだろ〜なんて」

私「いつものことなんですか?」

山下さん「そうみたいよ。あっはっは」

私「小さい頃だったんで、こんな近くに喫茶店があるなんて全然気が付かなかったです」

山下さん「私もそう。でも、珈琲屋さんどこにありますか、って聞いたら、ここって」

私「地元の方にきいたんですか?」

山下さん「そうそう」

どうして三鷹を歩いていたのか、どうしてあじさいのことが気になったのか、いまどこに住んでいるのか、聞かれるがままに色々と自分の話をしていると、山下さんが感極まったように「こんな出会いってあるのかしら!」と小さく叫んだ。

山下さん「お母さんたちはご存知なんでしょ、ここ」

私「知ってるかどうかあとで聞こうと思ってここの看板を撮ってたんですよ」

山下さん「知ってなさると思うよ。ここ(あじさい)の奥さんも。私がこっちに引っ越してきて、しばらく何日かコーヒー飲んでたんだけど、(足が)遠のいたのかな、そんでまた来たときに(亡くなったって)聞かされちゃった。それから、あとで来る人(秋山さん)から一緒に話しようよって、こうやって。ここで話すようになったの。自分の店みたいな感じだ。不思議な世界、ここは。ねえマスター。不思議な世界よね、ここは」

(マスター、忙しそうにしながら「うん」と呟く)

私「あそこのブックカフェ(フォスフォレッセンス)はご存知ですか?」

太宰治ファンの方がやっているという古本カフェ

山下さん「もちろん」

私「ずっとあるんですか?」

山下さん「ありますよ。私が引っ越してきたときからある。結構長いと思いますよ」

山下さん「でも嬉しいね」

またひとり、女性が入店してくる。

山下さん「あの方が秋山さんとおっしゃるんだけど。サミットにお勤めになっていて。それで、ここへ、みなさんと、ご一緒。」

山下さん「あきちゃん、誤解しないでね。彼、また連れ込んじゃった」

私「いつものことなんですか?」

秋山さん「そう。元気のいい、お姉ちゃん。あなた、大変なお姉さんに引っかかったねえ」

私「みなさんはどちらでお知り合いになったんですか?」

山下さん「サミットよ」

私「サミットで知り合ったんですか?!」

山下さん「買い物してたら、ここ(あじさい)で会うひとだわーって。」

サミット

山下さん「こうやって普通に喋ってくれる男の子っていないわよ。つーーーって(通り過ぎて)いくわよ、ふつうはね!」

秋山さん「山下さんきれいだから」

山下さん「ばかいえ!この!」

私「あそこのサミットでお仕事されているんですか?」

秋山さん「そうなのよー!」

山下さん「ごめん、さっきそこまで喋っちゃった」

私「小さい頃にサミットで走り回って、迷子になって、怒られてました」

秋山さん「もうサミットも20年になるよ。今年で20年」

山下さん「サミットができるまえは、下に家具屋さん、上はボーリングと珈琲屋さん。『タカ』っていう珈琲屋さん。これは今もあるけど」

秋山さん、躊躇なくお店のビールサーバーに歩み寄り、さながら居酒屋の店員のように颯爽と注ぎ始める。セルフサービス?

それに私が笑っていると、山下さんは「あのひと、上手いでしょ」と何故か誇らしげだった。

南さん「私の教え子が85だもん。電話がかかってきて、先生、元気ですかって」

私「先生だったんですか」

南さん「そう、小学校のね」

私「どちらの小学校?」

南さん「熊本!…それで80過ぎたって言うの。で、先生おいくつですか、って。だから95…」

私「95!?」

山下さん「やめて。私言わないで黙ってたんだから。85で止めておけば良かったんだ(?)」

私「95?すごい。お話がしっかりされているから全然(そんな年だと)思わなかった」

南さん「自分で年齢言っても全然悪いことじゃないわよ」

秋山さん「だって、一人で住んでいて」

山下さん「食事も一人で」

秋山さん「栄養管理、自分でやって。朝はほうれん草とかりんごとか色々入れてジュースつくって」

南さん「やることなすこと、一人で、みーんなやってます」

秋山さん「すごいでしょ?この若さ。裸にしたら綺麗よ。真っ白けで」

南さん「なぁに言ってんの!それは!」

山下さん「見せてあげたの!?南さん!!見せてあげたの!?」

秋山さん「ぽろっと失言だったね。見たことないのに」

秋山さん「(南さんは)塾とかいっぱい持ってたの。でもコロナでみんな変わっちゃったね」

南さん「コロナで自粛。生徒さんも。みんな出てこれないの。自然とやめちゃった」

秋山さん「もう歳も歳だし」

私「学校はおいくつまでやられてたんですか?」

南さん「5年くらいかな。結婚したからね。ほんで子供が東京大学法学部いったから。いま弁護士です。心配かけて電話かけてくるの。なるべく迷惑かけませんよ、あなたには、って。もう60代だけどね」

南さん「絵も描くからね。来年の干支(うさぎ)描いたよ」

南さん「コピーがあるから、あげるわね」

秋山さん「私がサミットで仕事してて、唯一木曜日だけ時間があるのよ」

南さん「だから、みんな来るの。木曜日は来ようって」

お昼を食べてなかったことを思い出し、オムライスを注文した

私「仲良くなったきっかけは?」

秋山さん「私がサミットの従業員で、こっち(山下さん、南さん)は一般のお客様。お会計のときに話しかけて。それで仲良くなった。ちょっとしたきっかけよ。」

秋山さん「(南さんは)つい最近まで塾やってたのよ」

私「あぁ、塾っていうのは画塾のことですね?」

秋山さん「画塾もそうだし、踊りとかなんとか、6種類くらいやってた」

私「そんなに?!全部一人で教えてた?」

南さん「(ひとりで)あちこちまわってね」

私「すごい!」

秋山さん「コロナだから3年前でしょ?それまでやってたんだから。だから、生きた化石って(呼んでる)」

私「シーラカンスじゃないですか!」

南さん「生徒さんがね、みなさんついてきてくれるから。私は喜んで教えるのよ」

私「すごいですね…」

秋山さん「だから、私たちなんて、最初から負けてるの」

私「いやぁ、楽しいですね」

山下さん「この場だけね。一時、こういう良い場所があるんだ。だから感謝しないといけないんだ。ね?普通はこんなことできないもん。昼間から飲めるんだよ?」

私「じゃあ、そろそろ行きますね。サミットに行ってきます。みなさんは今日はいつまで飲むんですか?」

秋山さん「私は夜中まで」

私「夜中(笑)」

秋山さん「朝来て、昼来て、夜来る」

私「おうちじゃないですか」

秋山さん「家にいる時間より長いね」

私「ここから記念写真を撮っても良いですか?みなさんの」

山下さん「ばばあの顔はやめとけ?」

私「いやいや、記念に」

山下さん「またおいでよ」

私「またきます」

山下さん「じゃあせっかくだから、あっちまで行って。マスターと一緒に撮るから」

(記念写真はプライバシー保護のため割愛。そのかわりに)
あじさい店内

山下さん「正月の花も持たせて」

私「そんなに(笑)。もっとさくっとやるのかと」

山下さん「あとで持ってきて」

私「アドレスか何か教えてくれれば…」

山下さん「そんな器用なこと!やってないわよ」

私「器用…」

山下さん「変な時間とらしてごめんね?」

私「いやいや、とんでもございません。楽しかったです。今年一番面白かったですよ」

マスター「クッキー食べてって」

(ティッシュに包んでクッキーを渡してくれる)

私「ありがとうございました!楽しかったですー」

年は明けて1月3日。

あじさいで撮影した記念写真を、八王子の文具店「ベアーショップ」(なんと大晦日で閉店)で購入した紙に印刷した。「あとで持ってきて」と言われたので、律儀に、丁寧に、ちゃんと持っていこうと思った。

ベアーショップ

あじさいは休みだったので、お店のポスト(と思わしきもの)に投函した。これを山下さんたちが受け取るかどうかは、まったく期待できない気がしていた。一応連絡先を書いたメモを添えたが、それはまさに添え物で、そんなことよりも、あの偶発的な時間のなかで生まれた不思議な記念写真を、丁寧に印刷して、ちゃんと持っていって投函する、というパフォーマンスそのものが面白い気がした。この行為は、あの祝祭的な時間への、あまり深い意味を持たない、ささやかなリプライであるように感じていた。

ストライクだろうがボールだろうが、清々しいまでに真面目に振り抜く。年末年始に思いっきり振り抜いたこの制作的な出来事が、2023年の「漂流葉書でとうめいに」に繋がっていったように思う。

自動発生的な不思議なコミュニティ。来年末、ふたたび三鷹を歩く理由ができてしまった。


[たかしな]



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