シミュレーション仮説の現実味について

世の中にシミュレーション仮説というものがある。今の宇宙は何らかの上位存在によるシミュレーションであるという話である。確かに宇宙はかなり論理的に機能している様に見えるし、プランク時間を1クロックとして処理されていると言われると、あまりにシミュレーションっぽくて反証の余地が無い。これも悪魔の証明の一種なのだろうか。

しかしこのシミュレーション仮説、次がいけない。我々の世界がシミュレーションであるという根拠?が、そういう存在がいたとして、その存在もさらにその上の存在によるシミュレーションで、その上も、という無限後退により、確率的に我々の世界がシミュレーション世界であるのがほぼ確実というのである。

もう少し詳しく言えば、ある存在が現実と変わらないシミュレーションを実行できたなら、いくつでもシミュレーションを実行できる。しかも、そのシミュレーション内は現実と変わらないシミュレーションなので、その中のいくつかでシミュレーション可能な文明を達成し、さらに幾多ものシミュレーションを実行するというのである。

そのような状態が再帰的に続いているとすると我々の世界がシミュレーションで無い可能性は限りなくゼロに近いのではないだろうか、という結論なのである。

私は個人的にシミュレーション仮説の、この宇宙はシミュレーションではないだろうか、という部分は気に入っている。しかし、可能性として、という部分はいただけない。確かに我々の世界のレベルをシミュレーションできるならば、その上の存在もシミュレーションされた存在である可能性を否定しきれない。しかし、実際にはそれはかなり難しいのではないかと思われる。

さて、話が面倒になるので、実世界の下にシミュレーション世界が二階層あるとして、我々がその二階層目ということにしよう。

シミュレーションを実行している存在はなぜシミュレーションを実行するかと言えば、そのシミュレーションを観察したいからである。場合によっては色々な条件付けをして複数のシミュレーションを実行するはずである。そうであるならば、そのシミュレーションの時間は現実時間より早く進む必要がある。でなければ、その存在は例えば地球がその観察対象だとすると138億年も待たなければならないのだ。

その存在の世界がどんな世界なのか想像もつかないが、現実と変わらないシミュレーションを実行しているのであればその世界もこの世界と限りなく同じ宇宙法則に従った存在であるということである。そしてそちらの世界もさらに上の存在によるシミュレーションであるということは、その世界も似たような思惑で、実行されていると推測できるわけである。

しかし、そう考えると時間の進み具合で問題が出てくるのである。シミュレーション世界がシミュレーションであるならば、その世界の時間進行である最速クロック数には上限があり、それは正に一階層目の世界において上限いっぱいまで実行されているはずである。なぜならば実世界階層では時間を最速で進めることで、シミュレーション結果をその存在達の実時間で確認できるようにするはずだからである。

そうなると現実と同じシミュレーションが実行できたとしても、二階層目の世界はどう頑張っても一階層目の世界と同じ速度までしか時間を進行させることができないのである。

ここで、二つの可能性が一応出てくる。一つは観察用ではなく、観賞用として実行されている、もう一つは処理を端折って処理速度を上げる、というものである。

さて、一つ目は既に一階層目の世界において二階層目の世界が138億年経った事を意味する。一階層目の世界が自分たちの宇宙をシミュレーションしていると言うのであればそれくらい持つ様な環境で我々の世界は実行されていることになる。が、シミュレーションを始めてから138億年というのはその文明がエネルギー元とした恒星が一つ軽く消える年月である。そのシミュレーションを実行した文明は星から逃げるときにわざわざ観賞用の宇宙をいくつか持って行ったのであろうか。

正直、あり得ないのではないだろうか。あるいはそのレベルの文明は星ごと宇宙空間を移動して別の恒星の軌道に移動したのだろうか。移動中に星一つ賄うエネルギーを供給するのも大仕事なのに、余計なエネルギーを消費する観賞用のシミュレーションなんか廃棄ではないだろうか。

もう一つは処理を端折るという選択である。処理が端折られるということは一階層目の世界は実世界の劣化であり、二階層目の世界は一階層目の世界の劣化であることを意味している。これについては、必要な部分だけ精緻にシミュレーションし、それ以外は大雑把にシミュレーションすれば良いという話もあるが、多分事はそう単純ではない。

例えば時間処理を端折る場合、実世界の1日で1億年をシミュレーションすると、二階層目は実世界で1日に1億(年)×365日×1億(年)、つまり365垓年になる。これ自体は実時間に対して二階層目の世界で365垓年だけ経過したということで驚くことではあるが、大きな問題では無い。

問題になるのはこの計算の1クロックあたりに経過する時間が実世界におけるプランク時間の上限に達した部分で発生するのである。(実態としても説明としても)ものすごく細かい話なのだが、例えば我々の世界の1日をプランク時間に換算すると24(時間)×60(分)×60(秒)× 1.855×10の43乗(プランク時間)になる。そして1クロックは、どう理想的な速度に達したとしても1プランク時間が上限と思われる。(プランク時間は現在物理的意味を持ちうる最小の時間と言われている時間)

なので例えば我々の世界でシミュレーション世界を作ることができたなら、その世界のプランク時間は最高の精度が達成できたとして5.082×10の32乗になるわけである。さらに下の階層では1.392×10の22乗になる。このプランク時間が我々の時間、つまり1秒に近づくことが何を意味するかというと、我々の世界と同じ物理原理でシミュレーションを作るつもりでも、量子世界が再現されず、我々の世界と同じ物理現象がシミュレーションできなくなってくるのである。

もちろん実世界におけるプランク時間が我々の世界より細かいプランク時間を持っている可能性もあるが、階層が増えるにつれて、その下位階層のプランク時間とマクロの時間が近づいてゆくことは同じであり、再帰性に上限があることが判る。

また、細かい処理が必要な部分と大雑把な部分に分けて処理することで、処理コストを下げて結果的に計算速度を速める、という方法も考えられるが、これは計算を全てパラレルに実行しなければならない時には効果はない。そして、このシミュレーションを最小クロックで進めるためには、全ての構成要素の振る舞いをパラレルに計算しなければならないのである。つまり今回の様に宇宙を丸々有限時間でシミュレーションを行う様な場合、計算エネルギーは減らせても処理は遅くなる手立てなのである。

さて、上の例では1処理ステップで宇宙の全要素を計算できるとしたが、シミュレーションである以上実際にはもっとステップ数が必要なはずで、上の様な限界はもっと早くくるはずである。また、利用するエネルギー量についてもいろいろと思うことはあるのだが、長くなったので、ここらへんで一旦締めたい。

私がシミュレーション仮説で気になる点から考えると、シミュレーション仮説を可能とする世界は精々1階層目くらいなのではないだろうか。そうなると我々の世界がシミュレーションである可能性もかなり低くなってくる。

もし世界がシミュレーションであったなら、いろいろな可能性があるので、ある種胸躍る話ではあるのだが、実際のところどうなのだろうか。誰かシミュレーターに直接干渉を試みるベンチャーでも作ってくれないだろうか。