更級日記「物語」より

 タイムラインで「お気に入りの薄い本を手に入れたのに、自らの語彙が足りなくて絶叫するしかない腐女子」が話題になってますが、ここで文化系オタク女子の始祖・菅原孝標女さんが源氏物語を手に入れた時の描写と、ハッと我に返った時の動揺ぶりを見てみましょう。

=====引用(口語訳)開始=====
 夢にまで見た『源氏物語』の五十余巻と、在中将(『伊勢物語』)、とほぎみ、せり河、しらら、あさうづ(『伊勢物語』以外は現存せず)などの物語をまとめて叔母様にいただいた時は、天にも登る気持ちで、帰り道はふわふわしてどう帰ったのかよく覚えていないほどでした。

 これまで(全巻揃っていなかったので)胸を弾ませながらドキドキしてページをめくって、ところどころ読んでは「なんで続きが読めないの……」と地団駄を踏んでいた『源氏物語』を、一巻から通して、誰にも邪魔されずお布団の中でぶっ続けで読めるなんて、これはもうお后様の位だって問題にならないほど贅沢なことです。

 昼のあいだはずっと、夜になると読み疲れてそのまま寝落ちするまで、部屋にこもって明かりをつけたままひたすら読み続けていると、そのうち頭の中に勝手に物語の一節が浮かんでくるようになって、「わたしってすごい!」と喜んでいると、今度は夢の中で突然爽やかなお坊さんが黄色い袈裟を着て現われて、「そろそろいい加減にして、法華経の五巻でも勉強しなさい」と言われました。

 でも、そんな危ない夢は誰にも話せないし、そもそもそんなこと言われたって法華経なんて習う気にはなれません。
 頭の中は源氏物語でいっぱいだし、だいたいわたしって今はまだそれほど顔が可愛いってわけでもないけど、もうちょっといい感じの年齢になれば美人になるかもしれないし、髪だって長く伸びて綺麗になるでしょ。それできっと、光源氏に愛された夕顔や、宇治の大将の恋人だった浮舟の女君のようになれるはず。
 ……とか考えてた当時のわたしって、あきれるほど軽く狂ってましたね……。
=====引用終了=====

==該当箇所の原文==
源氏の五十餘巻、ひつにいりながら、ざい中将、とをぎみ、せり河、しらゝ、あさうづなどいふ物がたりども、ひとふくろとりいれて、えてかへる心地のうれしさぞいみじきや。

はしる/\、わづかに見つゝ、心もえず心もとなく思ふ源氏を、一の巻よりして、人も交じらず、几帳の内にうちふしてひきいでつゝ見る心地、きさきのくらひもなににかはせむ。
ひるはひぐらし、よるはめのさめたるかぎり、火をちかくともして、これを見るよりほかの事なければ、をのづからなどは、そらにおぼえうかぶを、いみじきことに思に、夢にいときよげなるそうの、きなる地のけさきたるがきて、「法華経五巻をとくならへ」といふと見れど、人にもかたらず、ならはむとも思かけず、物がたりの事をのみ心にしめて、われはこのごろわろきぞかし、さかりにならば、かたちもかぎりなくよく、かみもいみじくながくなりなむ。ひかるの源氏のゆふがほ、宇治の大将のうき舟の女ぎみのやうにこそあらめと思ける心、まづいとはかなくあさまし。

【参考サイト】
更級日記 原文書き起こし http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/sarasina.txt
更級日記 ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B4%E7%B4%9A%E6%97%A5%E8%A8%98

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