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お肉屋さんの絵

 銭湯はとても広くて、開店したすぐの時間帯に到着したけれど、常連のお客さん達が多かった。前日のお休みと、大通りの向こう側の近所の銭湯が一件臨時休業しているせいかもしれない。
 銭湯の設備は泡風呂と電気風呂と水風呂と深い浴槽があるだけのとても素朴な銭湯だったけれど、ちょうど良かった。サウナがお休みしている。大きな壁画もなくて、その代わりタイルがかわいい。オレンジのなでしこ風の花柄や上方からぶら下がって並べられてくるブドウなど。朝出かける前に読んでいた新潟でいましているフィンレイソンの展覧会記事を思い出した。
 洗い場の鏡に協賛のお店のステッカーが貼ってある。そのうちの一つのお肉屋さんのマスコットと文字のフォントと色がとても気に入った。
 お風呂を上がった後に、番台の奧さんに風呂場で見たお肉屋さんはどこにあるのか聞くと、常連の他の入浴客の奥様方に「タテハラさんはどうやって行くんだっけ」と聞いてくれた。フォントの感じからしてだいぶ古いデザインなので、もしかしてもうないかもしれないと思っていたら、「この辺に肉屋さんはそこしかないから、みんないつも行っている」という。
 まっすぐ行って、角で曲がって、という道順に「八条通り」「新幹線が見える」という単語が入る。なんとなくわかったような気になり、あとで言われた道を適当に進んでみようと思ってコーヒー牛乳を飲みながら考えていたら、番台の奧さんがやってきて渡された紙の切れ端に地図を描いてくれていた。その地図を手にして、銭湯から出たぬるい夕方の通りを進むと、新幹線の線路が見える道まで出ると、オレンジ色のテントが現れる。辿り着いたお肉屋さんで、コロッケを頼んだ。お店は常連のお客さんが入れ替わり立ち替わりやってくる。揚げ物をしている奧さんは、どのお客さんにもさっぱりと丁寧な接客をする。
 風呂屋にあった絵が気になってきたというと、あの絵は先代の店主の弟がデザインなんかをやっていて、昭和40年頃に描いた絵だといった。
 揚げ物のメニューが多い店だった。お客さんも晩御飯のおかずに思い思いの揚げ物をたくさん買っていく。その出来上がった揚げ物は、あの絵が描かれた紙袋に入れられていく。
 自分たちの番が来た。自分たちのコロッケもその素敵な絵の袋に入れてもらえることを喜んでいると、奧さんはさらに気を利かせて、コロッケは食べ歩き用の紙の包みに入れて、紙袋を綺麗なままで一枚くれた。
 コロッケは衣がカリカリとして、中のジャガイモがとてもあっさりとして滑らかで、今まで食べたことがない味だった。

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