漫画家・ひかわきょうこさんへの愛を語る

暫く、自分が好きなもののことをただ書き倒すというエントリを続けたいと思います。前からやりたかったのだけど、特にこのところ嫌なことや嫌なニュースが多いじゃないですか。そういう時に最も大事なのは「愛」です。愛とは好きなものへの一途な気持ちです!

さて、今日の主役であるひかわきょうこさん。ベテランの女性漫画家さんです。昔いわゆる少女マンガを読み漁っていた時期がありまして(母親や妹と同じ「花とゆめ」や「別マ」なんかを読んでた)、その時期に大ファンになった作家さんです。御年62歳ですが未だ現役で連載を続けておられます。

ご本人が何度も書いているとおり病弱な方で、長期の休載や不定期連載も多く、キャリアの割に作品数は非常に少ないです。ですがどの作品も一級品。「女性(少女)漫画家」という枠にとどめるのはもったいない、日本でも屈指のストーリーテラーだと思います。

一作ごとに作風が全く変わるのが最大の特徴です。最初期は「千津美と藤臣君のシリーズ」に代表される、ドジな女の子と寡黙なイケメン(ハンサム、と言うべきか)が主人公のラブコメメインなのですが、後述する「荒野の天使ども」から作風は一転。西部劇の後は何と異世界転生ファンタジー(彼方から)、そして伝奇物時代劇(お伽もよう綾にしき)と、とにかくその発想力と展開力は他の追随を許さないものがあります。

ひかわさんの特徴は以下だと思います。
1) 抜群のストーリーテリング。冗長なところが殆どなく、豊富な伏線が常に見事に回収される。
2) 透明感のある絵柄。コマ割りも見やすく読ませる
3) 登場人物達の見事なキャラ立ち。これは作品紹介で書き倒します。
4) ご本人も仰っている、絶対ハッピーエンドで終わるお話し。これ大事なのよ。最後が気持ちよく終わると解ってるのは、本当に大事。

ご本人曰く「自分のファンは女性が99%」とのことですが、レアな1%の男性ファンとして、その愛を語り尽くしましょう!ずっと前から、これ書きたかったんです。
さて、満を持して作品をいくつかご紹介しましょう。ちなみにここで紹介する作品は全て電子書籍で入手可能です。文庫版も普通に売られています。
基本ネタバレなしです(少なくとも核心部分はやらない)。自分の周りでひかわきょうこさんを知ってる人は皆無なので、これを機に作品を手に取って貰えれば、と思います。

1.荒野の天使ども(1983年)

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これ、自分としては未だにひかわさんの最高傑作だと思っています。文庫本で2冊という短さながら、ひかわさんのエッセンスが全て詰まっています。何か一冊、と言えば間違いなくこれです。
「アクションを書きたくて西部劇を題材にした」という動機で始まった本作、何より「キャラ立ち」が秀逸なのです。おてんばと言うより超人的な能力を見せる8歳の少女ミリアムを中心に、ダグラス・カード・ジョエルのイケメン3人組、グレース、シルバーキング、子豚のウィリー、その他その他…どの登場人物も尺を取らず見事にキャラが描かれており、それぞれの過去のエピソードも(重要な伏線を伴って)過不足なく描かれます(まあ、ちょっとセリフに頼りすぎというか説明口調がやや鼻につくところが、序盤では少しだけ見られるのですが)。
で、ここが重要なのですが悪役も同様で、特にMr.ブルーはひかわ全作品でも群を抜いて素晴らしい、見事なヴィランです。人殺しを楽しむ冷酷非情なサイコパス、それを隠す一見温和な外見、ついでにゲイ(1983年の作品としてこれは結構画期的)。悪役はハレンバーグや「ひらめのブライ」など、それぞれに小物チックで魅力的ではあるのですが、とにかくMr.ブルーが凄すぎて霞んでしまいます。
後の作品で触れますが、ひかわ作品の女性主人公は「一見か弱い外見に強さを秘めている」というパターンが殆どです。ですがミリアムは例外中の例外。度胸も能力もマジで人間離れしていて、正直彼女一人いれば殆どの話は解決してしまいます。本作ではミリアムとダグラスの関係性が、押したり引いたりしながら少しずつ進んでいく展開になっています。
で、過度なネタバレは避けますが、中盤「ずっと突っ張って生きてきた小さなミリアム」が、始めてくずおれて号泣するシーンがあるんですよね。私この作品は少なく見積もっても100回以上読んでるんですけど、毎回一緒に泣いてしまいます。ひかわストーリーテリングの真骨頂だと思います。
とにかく、電子書籍でも何でもいいから未読の方は是非トライして頂きたいです。感動を保証します。

2.時間を止めて待っていて~それなりにロマンチック(1985年~1990年)

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「荒野の天使ども」の続編。前作から9年後、17歳になったミリアムと26歳になったダグラス達を中心に描かれます。前作での恋愛要素はグレースとシルバーキング(ヒュー=カーステア)だけなのですが、今作は主人公二人のガチのラブロマンスです。もちろん最後はハッピーエンド。
とは言え、ひかわ作品はそんなに安直ではありません。本作からはマルチプロットが顕著となり、多面的なサスペンスが描かれます。オマケにミリアムが話のド頭で記憶喪失になる…という、クリフハンガーな展開。
もちろん十分に面白いのですが、正直前作よりインパクトは劣ります。ちょっと話が複雑になりすぎて、登場人物の関係性がなかなか頭に入ってこない。それ以上にダーネルを中心とした悪役達が弱い。Mr.ブルーには遠く及びません。魅力的な悪役というのは、一度できあがってしまうと主人公以上に超えるのが難しいのですねえ。
むしろ最終盤で登場したレオが面白くて、ひかわさん本人も彼が気に入ってスピンオフの「それなりにロマンチック」ではキーマンとなります。話の出来やアクションの楽しさという点では、このスピンオフの方が個人的に好きです。
そうは言っても何度も再読している本作、成長したミリアムがひたすらに可愛い。本当に可愛い。おてんばや超人的な能力はそのままに、美しく一途な女性に成長しています。最終的にはダグラスはミリアムに何度も救われ、関係が成就します。この作品の魅力は、とにかくこのミリアムの可愛さですね。

3.銀色絵本 千津美と藤臣君のシリーズ2(1985年)

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「千津美と藤臣君のシリーズ」は、ひかわさんのデビュー直後くらいの作品群で、まあ正直余りこなれていないラブコメです。デビュー当時だからしょうがないのだけど。そう思いながら文庫本で読み進めていくと、シリーズ完結編に当たる「銀色絵本」で、その余りのテイストの違い・完成度の高さに吃驚することになります。
クールで感情表現に乏しい藤臣君の中学時代の元カノ・八杉朝子が登場して、現彼女の千津美との三角関係になる…と思いきや、話はまことに意外な方向に。朝子は実は藤臣と付き合っている当時から、彼と「張り合って」おり、その自我と優越感がだんだん崩されていく…という、ヒネった話となっています。八杉朝子は美人なんだけどなかなか癖のあるキャラクターで、正直好きになれないのですが、彼女が最終的に(藤臣を一番理解している)千津美に救われるわけです。
何だこの完成度?と思って時系列を確認したら、この作品「荒野の天使ども」連載終了後の作品でした。ああ、そりゃ腕前も格段に上がっているわけだ。単純な男女の恋愛にとどまらない、「エリート美人女性の、それゆえの苦悩」みたいなテーマを真正面から取り上げた、少女マンガとしては非常に特異な作品となっています。
中編ですが、細かい伏線もちゃんと回収されるストーリーテリングは相変わらず見事。千津美は単なるドジっ子から(つーかドジの度合いは非常識なまでに加速しています)芯の強い女性に成長していますが、これはおそらくミリアムを描いた作者の心境変化が反映されており、次回作の主人公・立木典子にも引き継がれていくことになります。あと、前作で培われたコメディセンスが見事に開花していて、それもこの作品の魅力です(女友達などのサブキャラも立ちまくり)。
これ一作だけ読んでも楽しめるのですが、シリーズを頭から読んだ方が二人の関係の変遷なども解り、その上での大団円を味わうことが出来ます。文庫本なら2冊と短いですしね。

4.彼方から(1991年~2003年)

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最後はこれ。疑いなくひかわさんの代表作でしょう。何と言っても2003年の星雲賞(日本版ネビュラ賞)コミック部門受賞作です。いわゆる少女マンガが星雲賞を取った例は、殆どないのではないかと思います。ハイ・ファンタジー作家としての力量は、上橋菜穂子氏辺りに比肩するんじゃないですかね、ひかわさん。
現時点でひかわ作品最長を誇る、作者畢生の大作…で、実際12年をかけた連載だったのですが、途中休載に次ぐ休載・最後は不定期連載となりました。正直リアルタイムで読んでいる時は途中で追い切れなくなり、読破を断念しました。昨年、電子書籍で始めて通読することが出来た、いろんな意味で思い出深い作品です。
この作品は異世界転生ファンタジーの日本における嚆矢の一つであると、個人的には考えています。今ではなろう小説など異世界転生もので溢れているラノベ界ですが、1991年当時そんなものはほぼ皆無。ついでに言うと、カオナシ(そっくりのモンスター)が出てくるのよね。「千と千尋」が2001年だから、絶対先んじているしひょっとしたら宮崎駿がパクった?と勝手に考えています。とにかくいろんな意味でエポックメイキングな作品です。
正直、12年もかかってしまったのでストーリーはやや散漫になりました。いつもの伏線回収カタルシスは少なめです。その分、圧倒的な世界観設定と主人公達の成長を慈しむ、大河ドラマのような作品となっています。
「普通の(ちょっとドジな)女の子とイケメン青年」という、千津美と藤臣君シリーズと同じ主人公構成ながら、その建て付けは壮絶。何せイケメンイザークは世界を滅ぼす「天上鬼」で、異世界から転生してきた立木典子=ノリコはそれを覚醒させる「目覚め」なのです。この2つのワードは作品の冒頭から提示され、本作は二人に課された重すぎる運命からの脱出…が最大のテーマとなっています。
ハイ・ファンタジーとしての舞台設定もなかなかのもので、絶対的な強さを追い求める主題は「指輪物語」を想起させますし、国同士の重層的な政治的駆け引きは例えば「十二国記」辺りを彷彿とさせます。ただ、世界設定や政治テーマはあくまで通奏低音という感じ。
ひかわさん自身が後書きで書いていますが、ノリコの「強さ」がこの作品の屋台骨です。イザークは天上鬼なので最初からバカみたいに強い。一見完璧に見える彼が、途中から自らの運命の重さに耐えられなくなり、弱さを随所で見せるようになる。それに対し、言葉も通じない異世界に飛ばされたノリコは、驚くべき強さで自らの運命を受け止め、事態を打開していきます。
とにかくノリコに徹底的に感情移入してしまうんです。戦乱の世で化け物だらけの異世界にいきなり飛ばされて(言うなれば丸腰でシリア辺りに放置されるようなもん)、実際何度も命の危険に晒される。普通の女子高生なら精神に異常を来すレベルの過酷な境遇ですが、ノリコは「今自分が出来ることをやる」という信念で、日々をとにかく懸命に生きます。これ、凄いことですよ。あと、ノリコが努力しながら言葉を少しずつ覚えていく過程などが実に自然で、いきなり言葉が通じる凡百のラノベとはこれまた一線を画していますね。
「目覚め」であるノリコを最初は殺しに来たイザーク、何度も彼女との関係を模索し、時には離れたりしながら、互いに惹かれていきます(ノリコは最初からビックリするほどの積極性を見せるけど)。イザークとノリコがちゃんと相思相愛になるのは物語の中盤、それもイザークが自らの弱さを認めて告白する…という、なかなかに感動的な展開です。ここまでの作品でも解るのですが、ひかわ作品においては「一見強く見える男性の弱さと、一見か弱く見える女性の強さ」が常に根底に流れています。これって、昨今の腐臭漂うフェミニズムとは違う、真の意味での「男女平等の関係」を描いていると思うのですね。
ただ、二人の恋愛は正直サブストーリー。特に第5部以降は、何度も何度も襲いかかるあまたの敵から、「天上鬼と目覚め」という二人の運命から、どうやって解脱するかが語られます。その解決法は…まあ、ちょっと2020年現在の目線からするとやや凡庸な解決策ではあるのですが、ある意味ファンタジーの王道と言えるかなあ。
テーマは途轍もなく重いですが、細かい笑いやほっこりするシーンが随所にちりばめられているため、深刻に読む必要はありません。文庫本で7冊、長いですがいろんな人気マンガの中では圧倒的に短いでしょう。話の破綻もなく、それぞれの登場人物は収まるところに収まります。ヴィランであるラチェフやケイモスも(Mr.ブルーにはやはり劣ると言え)十分に魅力的です。
号泣ポイント、文庫版で言うと7巻の冒頭付近、「ノリコが髪を切るシーン」です。連載12年の重みがずっしりと来ます。気づけばイザークと一緒に俺も毎回泣いてますね…

さて、これ以外にもひかわ作品はあります。舞台を室町時代に移した伝奇物「お伽もよう綾にしき」、学園ものの「魔法にかかった新学期」は、何と現在も連載中。ひかわさんの年齢と元々の体力考えると、完走をただただ祈るだけですが、二本同時連載してると言うことは気力が充実してきてると言うことなのかなあ。
引き続き応援します、ひかわ先生!

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