010 全裸でよかったのか(フィンランド)

ロシア、サンクトペテルブルグからの夜行バスで、フィンランドの首都ヘルシンキに向かった。

途中、事故を見かける。追い越しをかけようとしたトラックと、対向の乗用車が正面衝突したようだ。乗用車はオープンカーかと思うくらい大破していた。そんな事故を脇に見ながらも、我がバスの運転手は、臆することなくガンガン追い越しをかけている。対向車が来ると恐ろしいし、そうでなくても、道路は真っ暗でカーブしているのかもよく見えないくらいで落ち着かない。ハラハラして眠っていられない。

やがて追い越しレースも落ち着き、ようやく眠れるかと思ったところで、バスが停まる。免税店でのお買い物タイムだ。乗客のロシア人のおばちゃんたちが、ぞろぞろとバスを降りて免税店に吸い込まれていく。時刻は深夜の1時か2時ごろ。このバスを教えてくれたスウェーデン人が「眠れないよ」と言っていた理由がわかった。

乗客のおばちゃんの1人が、やたらタバコをくれようとする。

「タバコを吸うのは止めているんです」

でもおばちゃんは、ロシア語で何か言いながら何度もタバコを渡そうとしてくる。いやいや遠慮しているわけじゃなくて吸うのを止めたのだ、と言ってみるが、通じてない様子だ。

あ、そうか。税関で限度以上のタバコを持ち込みたいがために、僕に持たせようとしていたのか。と、気づいたのはだいぶあと、国境を越えてからのことだった。

ロシアの出国審査では何か言われるかと心配したけど、とくに問題なく通過。女性の係官が珍しく笑顔で、しかも日本語で

「サヨウナラ」

と言ってくれてちょっとうれしくなった。終わりよければすべて良しということだろう。

ロシアを無事出国できた解放感にしばし浸る。

しかし喜びもつかの間、フィンランドの入国審査を済ませた直後、なぜか乗客全員がバスを降ろされ、ドライブインで待たされる。何か突発的なことがあったようで、ロシア人の若い女の子の車掌が説明していたが、よく理解できない。

ロシアは女が強い。列車のときもそうだったけど、このバスも女性の車掌が運行を仕切っていて、運転手のおじさんにも指示を出している。タバコを吸う姿もさまになっている。世界一タバコの似合う女はロシア人ではないかと思う。

ドライブインのカフェに座って待つ。お金も両替してないし何も買えない。仕方がないので、座ったままちょっと眠ろう。そう思ってウトウトしかけたとき、カフェの店員がやってきて何か言う。何を言っているのかよくわからない。まあいいやと思って、またウトウトしかけたところで、また店員が来て何か言う。

眠いのにタイミングの悪いやつだな、とムッとしたところで、何を言われているのか理解した。つまり

「ここで眠るな」

と言っているのだ。失礼しました。

食べるものもなく、眠ることもできず、何もすることがない状態で2時間くらい待って、ようやくバスが発車する運びになった。もう外は明るくなりかけている。そこから3時間くらい走って、朝8時ごろヘルシンキに到着した。

* * *

ヘルシンキでは宿もすぐ見つかり、荷を降ろしてさっそく街を歩く。おしゃれで、きれいで、とても気持ちのいい街。ロシアから来たから余計にそう思うのかもしれないけど、こういう街に住みたいと思うような場所だ。

かわいらしい雑貨屋さんがあるな、と思って店に入ったら、そこは郵便局だったので驚いた。中に入ってからもしばらく気づかなかったくらいだった。

ヘルシンキは首都にしては意外なほど小さく、歩きやすい。自転車で走っても気持ち良さそう。赤い自動車が多く走っているのも、ロシアとは違う。路面電車に乗ったら滑るように走った。天気もさわやかに晴れていて、すべてがいい感じだ。フィンランド語のアルファベットの上に点みたいな記号が付いていたりするのさえ、おしゃれに思えてくる。

CD屋さんをのぞいたり、ショッピングセンターに入ってみたりする。店の人が笑顔で応対してくれるだけで感激する。ただ物価が高い。何を買うにしても日本より高い。そんな国に初めてやってきた。食事をするのもためらってしまう。

美術館でジャパンポップ展という展示をやっていたので見に行く。ドラゴンボールや村上隆のキャラクターなどが紹介されている。日本の電車を模した展示スペースもあって、電車のシートに座ってコミックを読めるようになっていた。葛飾北斎から始まる日本のマンガの歴史が図解されていたりして、へーと思う。

ヨーロッパでのマンガの浸透ぶりは思っていた以上かもしれない。たいてい皆「マンガ」という言葉を知っているようで、本屋さんには日本のコミックが並んでいた。モスクワで会ったフランス人やドイツ人もマンガのことを話していたので、ヨーロッパではどこもこんな感じなのだろう。

夜はアイスホッケーの試合を見に行く。フィンランドではアイスホッケーが国技と言われるくらい人気があるそうだ。会場はほぼ満席で盛り上がる。しかし、さすがに疲れていたのか、試合を見ながら少し居眠りをしてしまった。

ヘルシンキはとても居心地がいい。おしゃれだけど、おしゃれ過ぎなくて、普通の店の並びにアダルトショップがあったりもする。首都なのに都会の感じがしない。かといって活気がないわけではない。余計な音楽がなくて静かなのが心地いいのかもしれない。何事も行き過ぎてなくて、過不足のない街だ。

図書館ではインターネットが無料。本も変わったグラフィックのものが多くて、見ていて飽きなかった。

* * * 

ここヘルシンキから、スウェーデンのストックホルムまで夜行のフェリーが出ているらしい。そのフェリーで移動することにする。ヘルシンキが気に入ったので、もっとここにいたかったが仕方がない。数日中にデンマークまで行って、アイスランド行きの飛行機に乗らなければならない。

フェリーはかなり大型で、中にはエレベータがついていて9階まである。レストランやバー、カジノにスーパーマーケットまであってちょっとした街のようだ。

サウナもあったので行ってみる。遅い時刻だったのか他に誰も入っている人はいない。

さっそく全裸になってサウナ室に入ってから、ふと、もしかしてこの国では全裸になってはいけないのかもしれない、という思いが湧く。もしそうだとしたら、後から入ってきたフィンランド人が全裸の僕を発見して

「変態!」

ってことになるかもしれない。そこで間違ってるよとすぐ指摘してもらえたらまだいいが、フィンランド人は性格が大人しいと言うし、見て見ぬふりでもされたら、とても気まずい。

日本でも市民プールで1人全裸の人がいたら、皆ぎょっとするだろう。罪に問われる可能性もある。今の自分はそのポテンシャルを秘めているわけだ。気が気じゃなくなってきて、体が温まったかどうかもわからないまま、早々に出てきてしまった。

船賃を節約するためキャビン(部屋)を取らなかったので、座席で夜を過ごす。風邪がちょっと悪化してきた気がする。しっかり眠りたい。隣にナイジェリア人だという黒人の男がいて、彼は床に寝ている。それは別にいい。それはいいのだが、こちらに向けている足がくさい。くさくて眠れない。ナイジェリア人は足がくさいと言っているわけではなくて、彼の足がくさいのだ。

仕方がないので場所を移動し、寝袋を出して僕も床で眠った。

(ヘルシンキ日記 終わり)

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