015 歩み寄らないテントゥーファイブ(ロンドン)

アイスランドから空路ロンドンへ。

離着陸のときには、必ず眠くなる。ドラマなどで、飛び立つ飛行機を空港のデッキで見送るシーンがよくあるけど、自分の場合、そんなふう見送られているときは、たぶんすでに眠っている。

ロンドンは大都市だ。東京の雰囲気に似ている気がする。アイスランドとのギャップが大きくて戸惑う。そういえばアイスランドを立つ前日、カフェに手袋を置き忘れてしまったのだけど、出発前に取りにいったら、ちゃんと店の人が保管しておいてくれた。そんなことを思い出しては、アイスランドは良かったなあと思う。

ロンドンの宿はネットで予約してあるので楽勝だ、と思っていたのに、その宿が見つからない。地図の場所に行くと、違う名前の宿はあっても、目的の宿はない。歩いている人に聞いたりしてみたけど、よくわからない。

ヨーロッパの宿探しはいつも難航する。またかよ、と思いながら、

「あ、そうか、この違う名前の宿の人に聞いてみればいいのか」

と思って中に入って訊ねると、なんとそこが目的の宿だった。表に掲げている名前と、ネットに書いてある名前が違うのはどういうことなんだ。1時間くらい同じところをぐるぐる歩いてしまったじゃないか。

あらゆるものに英語表記があることが不思議な感じがして、そういえば英語の国に来たのは初めてなのだと気がついた。

* * *

朝寝坊してしまった。宿の朝食が10時までだったので、あわてて起きて食べに行く。パンとコーンフレークをかき込み、ぎりぎりセーフ、と思ってふと時計を見たら、え、まだ9時。自分の時計が1時間ずれていた。昨日、街頭の時計で合わせたはずなのに。同部屋の人にも、うその時刻を教えてしまった。

夜中は雨が降っていたようだけど、朝は快晴。ロンドンの街を散策する。ロンドンは飛行機が多い。いつ空を見上げても、複数の飛行機が飛んでいる。ハイドパークを歩く。気持ちがいい。紅葉もきれい。寒いところから暖かいところに移動しているので、ずっと紅葉を見ている気がする。

バッキンガム宮殿を通りがかると、ちょうど守衛の交代の時刻だった。大勢の見物客が集まっていたけど、たいして興味をそそられない。

でもマーチングバンドの音をバックに、はためくユニオンジャックの旗を見ていると、なんともいえない気持ちになってきた。「ああ、これがそれか」という、これまでの想像と目の前の現実が一致するようなしないような、そんな違和感。でもこれが本物なのだ。音楽にしても何にしても、いわゆる西洋のものは、ここがほとんどすべての発祥なんだなと思う。

テートモダン(現代美術館)に行く。裸体をテーマにした展示をやっていて、親子連れの客はちょっと気まずい感じになっていた。

ロンドンの美術館や博物館は、無料のところが多い。タダなのはありがたいのだけど、「あれもこれも行かねば損」という気になって、疲れてしまう。結局入っても、ろくに見学せずに出てきてしまったりする。美術館、博物館的なところに少し飽きてきたのかもしれない。

ヨーロッパでの「マンガ」の人気は予想以上だ。市民ホールのようなところで、「マンガアーティスト」の作品を展示をしていた。見ると、いかに日本のマンガに近い絵がかけるかを競っているような感じだった。日本で漫画家を目指している人は、ヨーロッパに行ったらすぐに売れっ子になれるんじゃないだろうか、などと思う。

エスカレータに乗る人を観察してみると、立つのは右側だった。つまり歩く人は左側を進む。これまで「その国の車の通行車線の左右=エスカレータの歩き側の左右」という仮説を立てていたけど、イギリスの車は右側通行なので、それは違うようだ。

ビジネス街のシティの方を歩いたりしていると、もう暗くなってきた。秋の日は短い。激安スーパーで買い物をして宿に帰る。買ってきたラザニアを温めすぎて火傷した。

宿にはヨーロッパの若者たちがあふれていて、雰囲気にいまひとつなじめない。英語のガイドブックで「Relaxできる雰囲気の宿」と書いてある宿に限って、リラックスできない気がする。

* * *

早起きして、パソコンを持ってスターバックスに行く。無線でネットができると書いてあったからだ。しかしパソコンを開いて接続しようとしてみると、お金を払わないとつながらない仕組みになっていた。ひと月5000円くらい、一時的に使う場合でも1時間で1000円くらいする。やってられない。飲まなくてもいいコーヒー代を損してしまった。

ロンドンは物価が高い。アイスランドほどではないけれど、日本の1.5倍くらいはする。アイスランドは離島なので物価が高いのはしかたがないかと思うけど、ロンドンではいちいち憤慨してしまう。

お金はATMで下ろすかクレジットカードを使っている。出発前は「クレジットカードはお守り代わり」くらいに思っていたのに、今となってはバンバン使っている。物価の高い国ばかり行ってしまったので、口座の残高が恐怖だ。このペースで世界一周なんてできるんだろうかと不安になる。

宿に戻って朝食を食べていると、コーンフレークを派手にこぼしてしまったりして、やっぱりロンドン、うまくいかない、という気分になる。

博物館は見飽きたと思い、マダムタッソーズという蝋人形館に行く。もっと怪しげなスポットかと思っていたけど、今風のテーマパーク然とした場所だった。人形は思った以上に精巧にできていた。有名人を人形にするだけで、なぜこんなに可笑しいのだろう。客が混じると、誰が本物の人間で、誰が人形なのかわからなくなる。

昼から雨が降ってきた。

大都市は人も多いし、移動もめんどうだし、疲れる。お金もあっというまに減っていく。都会ではお金がないとどうしようもない。

明日は朝早く空港に向かわなければならない。地下鉄の駅で窓口の人に訊いてみる。

「始発の時刻は何時ですか?」

「テントゥーファイブ」

え、10時から5時って、いやそうじゃなくて、始発の時刻が知りたいんです。

「テントゥーファイブ」

と表情をまったく変えずに繰り返す黒人系の駅員。いや、だから……

のちに「ten to five」は5時10分前、つまり4時50分のことだとわかったが、もうちょっと言い方を変えるとか数字を紙に書くとか、歩み寄りはないものかと思う。伝わってないのは明らかなのに。

ロンドンにいいイメージが持てないまま、次の目的地、アイルランドに向かうことにする。

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