006 蜂蜜ガールとロシア停滞

ハバロフスクに長居をしてしまったのは、ある女性に声をかけられたのがきっかけである。顛末はこうだ。

ある日、公園を歩いていると、若い女性に声をかけられた。

いや、正確に言うと、公園を歩いているとき、女性3人組がこっちのほうを見ている気がしたのだ。女性がこっちを見ているなんていうのはたいてい男の思い上がりで、つまりはこっちがそっちを見ているのである。だから、そんなことに一喜一憂するのは小さな男のとる態度だ。という確固たる信念を持ちつつも、念のため近くのベンチに座り、ガイドブックを開いたり閉じたりしてみた。すると、その若い女性たちが近づいてきて、声をかけてきたのだった。

「日本人ですか? 私たちは日本語を勉強しています」

日本語が上手だ。3 人組のうち1人はどことなくアジア風の顔立ちをしている。聞くと、コリアとロシアのハーフだという。しばらく話し、せっかくなのでビールでも飲みに行きましょう、ということになり、おお、願ってもない展開じゃないか、と実は願ってたくせにそう思いつつ、レストランに入り、ビールを飲み、ロシア料理を食べ、何となく流れでこっちがお金を払って、そこで別れて帰った。宿で円に直して計算してみると、6000円くらいかかっていた。

6000円……これって物価を考えると高すぎるんじゃないだろうか? 普段自分が食べてるピロシキとか何10円くらいだし。というか、あの場は無条件にこちらが払うってことでよかったんだっけ? むむむ、これは一杯食わされたのだろうか?

くそー、と思いつつ次の日、そういえば彼女たち、市場で蜂蜜売りの仕事をしてると言ってたなと思い出し、念のため市場に行ってみた。すると、いた。前掛けみたいなユニフォームを着て、普通に働いていた。ちゃんといるじゃないか。そうか、騙されたわけじゃないんだ。そうかそうか、それならばと思って、その日の晩はみんなで映画館に出かけ、やっぱり当たり前のようにこちらが映画代を払ったのだった。うーん、謎。彼女たち一体どういうつもりなのだろうか。

というか、おれはどういうつもりなのか。こんなことでお金と時間を使い果たしてしまっていいのか。世界一周を宣言して日本を出たというのに、まだ北海道と位置的にはたいして変わらないハバロフスクで停滞している。この件はさっさと身を引き、いい人だったねあの日本人、みたいな好印象をシベリアの街に残して立ち去るのがダンディーというものではないだろうか。

次の日、コリアンハーフの女の子との待ち合わせのため、雨の中、とある建物の前に立っていた。ダンディーはどうなったのかというと、検討の結果、彼女はロシア人の美貌とアジア人のかわいらしさを兼ね備えている気がすること、そして普通のロシアの人女性にはめったに見られないスマイルがチャーミングであるように思われることから、文化人類学的な見地からもう少し研究を深める必要があると判断したのである。

そんなくだらないことを考えつつ、彼女を待っていたが、30分たっても1時間たっても2時間たっても、誰もやってこなかった。

約束が違うじゃないか、と抗議するために、翌日市場に乗り込むと、彼女はいなかった。彼女の友達がいたので訊いてみる。

「昨日あの子は来なかった」

「雨だったからじゃない?」

雨? 雨ったって警報が出るような豪雨じゃないし、そんなもの雨天決行に決まってるじゃないかと思うけれども、まあしょうがない。雨天順延ってことにしよう。

と考えていると、

「あの子は大学入試の勉強をするので、今日からしばらくここへは来ません」

へ? そんな話、聞いてないぞ、と思って、その友達経由で本人に電話してもらったところ、何だかわからないが「ごめんなさい」と言われて電話は終わってしまったのだった。その後、同じ蜂蜜売り場で働いているその子のお母さんとおぼしきコリア人のおばさんが、なぜかキャンディーをくれた。それをもらって宿に戻った。

こんなふうにロシアについての理解を深めているうちに、ハバロフスクでの滞在が長くなってしまったのだった。

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