017 モンゴル人に髪を切ってもらう(コーク)
ダブリンからコークという街へ列車で移動する。コークはアイルランドで2番目に大きい街だ。明日から2週間、英語の語学学校に通うことにしている。初めてのホームステイ。
列車に乗る前に、ホームステイ先に電話をしなければならなかったのだけど、掛け方が分からず手間取る。電話では英語がなんとか通じて安堵した。
車窓はひたすら緑が続く。3時間列車に乗ってコークに着いた。車で迎えに来てくれていたホームステイ先のホストマザーと合流。彼女は50代後半で、今は1人で暮らしているのだそうだ。
家はこざっぱりとしていい感じ。ホストマザーもいい人そうで安心した。そして、おみやげを何も持たずに来てしまったことに気がついた。
夕方少し散歩。家は街の中心から少し離れているが、緑が多く、静かで気持ちがいい。
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語学学校初日。 レベル分けの簡単なテストをして、クラスに配属される。すでにスタートしている授業に新顔として参加することになるので緊張する。
1クラスの生徒は10人くらいだった。日本人2人、韓国人2人、スペイン人、イタリア人、ハンガリー人、ポーランド人、スイス人というメンバーだ。
授業は午前中で終了。勉強のためにと、本屋でハリーポッターの本を買って帰る。朝は晴れていたが、天気が急変し、嵐になる。この時期のアイルランドは雨が多いそうだ。
家に帰って宿題をするが、思ったより時間がかかる。単語や文法をすっかり忘れてしまっている。でも、自分の部屋があってうれしい。これまでドミトリーばかりだったからだ。
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朝は7時に起床。早起きに慣れてないのでつらい。バスで学校に向かうが、渋滞で30分以上かかってしまった。歩いたほうが早いかもしれない。
学校では授業の進め方には慣れてきたけど、思っていることを英語で言えるには程遠い。
夜はクラスメートとパブに飲みに行く。有名なギネスビール以外に、地元産のマーフィーズという黒ビールもあっておいしい。ギネスよりまろやかだという評判。パブではアイリッシュ音楽の生演奏もあって楽しかった。
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学校3日目。今日は歩いて学校に行く。40分くらいかかったけど、それほど苦ではなかった。バスで渋滞につかまって気をもむよりは、精神的に楽だ。
ホームステイ先での食事は、量はそれほど多くないけどおいしくて満足している。ここまでの旅では倹約してろくなものを食べてなかったので、毎日食事の時間が待ちどうしい。アイルランドではジャガイモが主食。
今日は早く床に就く。疲れがたまっていたのか10時間くらい眠ってしまった。
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学校に少し遅刻。慣れてきて油断した。
授業の合間の休憩時間には、喫煙場所でクラスメートと雑談する。ヨーロッパの人たちは、学校に通った後、ここで仕事を探すという人が多い。アイルランドの経済成長はめざましく、移民が急増しているそうだ。
夜、ホストマザーとテレビを見る。テレビの内容が理解できるほどの英語力はまだない。
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授業後、街を歩いていると、「髪を切らないか」と、東洋人風の男に声を掛けられた。へんな勧誘かと思って断ろうとすると「無料でいい」という。
話を聞くと、 彼はモンゴル出身の理容師で、この街で仕事を探しているらしい。自分のスキルを店にデモンストレーションするために、カットモデルが必要なのだそうだ。
しかも、彼はいま僕が通っているのと同じ学校で、英語を勉強していたそうだ。 そろそろ髪を切らなければと思っていたところなので、渡りに船と思ってオッケーする。
数時間後、指定された店に行くと、予想外にオシャレな美容室。もっと普通の散髪屋かと思っていたので、ちょっとひるむ。彼はエントリーする職場を間違えているのではないか、と心配になる。
店の女店長が見守る中、散髪スタート。念のため「あんまり短くしないで」とリクエストする。が、気がつけば、バリカンで刈り上げ態勢に入っているのはどういうことだろうか。ここからどんな指示を出せばリカバーできるかと必死に考えるが、うまく意思疎通できず、結局なすがままになる。
なんというか、昔の兵隊のような髪型になった。しかも頭の左右で髪の長さが明らかに違っている。
見かねた美容室の女店長が助け舟を出して、おかしいところをカットし直して体裁を整えてくれる。なんとか持ち直したが、短くなってしまったものは戻らない。
放浪旅行中なら話のネタとして笑い飛ばせるところだが、今の自分は語学学校の生徒である。学校に行けばクラスメートもいて、かわいい女の子だっているのだ……
当分、勉強に集中しようと思う。
そのモンゴル人は、お礼にとモンゴルのキーホルダーをくれた。彼はいい人だ。
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初めての休日。天気もいいので、バスで1時間弱のヨールという海辺の町に出かける。海が見えると、いつも「おお」と驚いてしまう。景色が変わるというのは、それだけで何か良い影響がある気がする。とくに何もないけれど、静かで気持ちがいい場所だった。
ホストファミリーの家で紅茶を大量に飲んでいるからか、常にトイレが近い。
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午前中は家にいて、ラジオを聴いたりする。日曜日のラジオは何かちょっと切ない気分になる。
午後から外出。遠出はせずに、街でネット屋に行ったり買い物をしたりした。
学校はとりあえず2週間なので、その後のことを考える。もちろん旅を進めたい気持ちもあるが、ここに留まってちゃんと英語を勉強するという選択肢もある。 どっちが今後の人生に好影響を与えるだろうか。
マフラーを購入したが、必要なかったかもしれないと後悔する。
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学校の2週目がスタート。やはり2週間では短すぎるのではないかと思い始める。
夜はパブで生演奏を聴く。楽器が欲しくなった。ギターの購入を検討し始める。
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授業後、国際学生証(ISICカード)を作れるという旅行代理店に行ってみる。そのカードがあると、各国でいろんな学生割引が受けられるのだ。語学学校に通っているのだから学生の資格はあるだろうと思っていたが、半年以上学校に在籍しないと作れない、と拒否されてしまった。
街の博物館に行ってみる。ふと白人は原始人のときから金髪だったのかという疑問が湧く。
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図書館で勉強していると、窓から偶然に交通事故を見かける。老人が車にはねられた。一緒にいた若いクラスメートは動揺していたが、意外に冷静に見ている自分に、これは感受性の衰えなのかと思う。というか、事故を目前にして、自分の感受性うんぬんなどと考えているのは何なのかと思う。
はねられた老人は、とくにケガはなかったようで安心した。
学校を延長するかどうか迷う。まずは金銭面での不安から、これまで使ったお金の計算を試みる。しかし、現金、ATM、クレジットカード、トラベラーズチェックをまぜこぜに使っているので、実際どれだけ使ったのかよくわからない。
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学校を延長することに決める。1週間伸ばすか2週間伸ばすか迷ったが、とりあえず1週間にしようと思う。
しかし、学校の受付まで来て、「2週間」と言ってしまったのはなぜだろうか?
「ちまちま1週間ずつ延長するなんてセコイやつだ」と思われたらいやだという意識が働いたのだろうか。
恥ずかしながら再度受付に行って、とりあえず1週間分の料金を払うことで合意に達した。
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今日まで2週間学校に通ったが、果たして英語が上達しているのか疑わしい。通い始めのころの方が、積極的に英語をしゃべっていた気がする。文法とか単語を思い出してきた分、正しい英語を話さなければと思うのか口が重くなるのかもしれない。
夜、欧米人グループとビリヤードをしに行く。欧米人だらけの中にアジア人が1人だと、いまひとつコミュニケーションがうまく取れない。なんとなく置いてけぼりを食らっている感じ。
しかし、なぜかビリヤードが絶好調で、なんとか面目を保った。
(その2に続きます)
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