009 お客が「ありがとう」と言うロシア

モスクワから夜行列車で、サンクトペテルブルグに到着した。

風邪を引いたのか、体調が良くない。しかし、もったいないので散歩に出かける。雰囲気のある建物が多く、風情のある街だ。でも車が多くて騒々しい。

公園はちょうど落ち葉の季節で、母子がきれいな落ち葉を拾い集めていた。

宿で日記を書く。目の前のすべて新しいので、何にフォーカスしていいのかわからない。

* * *

宿にキッチンがあるので、自分で朝食を作って食べる。スーパーで買ってきたハムをチーズで炒めると、おいしい料理ができた。

サンクトペテルブルグには、有名なエルミタージュ美術館があって、学生カードがあれば無料で入れるらしい。ひょっとしたら、まだ学生でも通るんじゃないか。そう思って、学生カードを作ってくれるという旅行代理店に行ってみた。しかし、学生だと証明できるものがないとダメだと言う。そりゃそうか。

バレエで有名なマインスキー劇場にも行ってみた。当日券を手に入れるのは難しいようだ。同じ出し物でも、こういう立派な劇場で見るのと、日本の文化センターみたいなところで見るのとは違うのだろう。

歩き回って疲れる。もう走ったほうが楽じゃないかと思うくらい、歩き疲れた。

夜、同じ宿に泊まっているスウェーデン人の旅行者と話をする。生まれはスウェーデンだが、今はフィンランドのヘルシンキに住んでいて、グラフィックの先生をしている。フィンランドは学費が無料で、日本人の留学生も多いという。

仕事をやめて世界旅行をしていると言うと、彼は少し驚いていた。

「旅の途中で住みたい場所があったらどうする?」

「そのとき考えるけど、そこに留まるかもしれない」

ゆっくりと話をする好感の持てる人だった。

サンクトペテルブルグは、モスクワとは違って北欧の雰囲気がある。ロシアの次の行き先をフィンランドにしようと思った。

* * *

サーカスを見に行った。

初めは有名はエルミタージュ美術館か、バレエを見に行こうかと思っていたのだけど、昨日話したスウェーデン人が言うには、

「エルミタージュは人が多くて疲れるし、バレエはとても高い。それならサーカスの方がおもしろいよ」

そのとおりかもしれないと思い、サーカスに行くことにしたのだった。

会場内には専属のバンドもいて、本格的なサーカスの雰囲気。日曜日だからかお客もたくさん入っていて、童心に返って楽しめた。サーカスにして正解だった。

空中ブランコやライオンの火の輪くぐりなど、サーカスと言えばこれ、という定番も見られて満足する。皿を次々と頭に乗せていくピエロの芸を見ながら、

「もう無理やろ!」

などと1人でツッコんだりしてしまう。

ライオンの檻を設営する過程を見ていて、よくできているなと感心する。サーカスという出し物は、いろんな手作りのノウハウが積み重なって成り立っているのだろう。

専用のサーカス劇場がある街は素敵だと思う。自分が市長になったらサーカス劇場を作ろう、とありもしないことを考える。

夜はアイスホッケーの試合があると知り、見に出かけたが、場所を間違え、ようやく着いたと思ったら時間も間違えていたことに気がついたのだった。

* * *

宿にイギリス人のカップルがやってきた。小さい宿なので泊まっている人は、みな顔見知りになる。その他には、テンションの高いノルウェー人の3人組が泊まっている。

そのイギリス人のカップルは、2年ほど旅をしている。この12月にイギリスに戻る予定で、長い旅の終盤を迎えている。出身はイギリスのバースという街で、クリスマスはとても美しいのだそうだ。

「それに間に合うように帰りたいんだ」

自分もそろそろクリスマスをどこで過ごすか問題を考えないといけない。

彼らに、ヨーロッパは滞在費が高いから、WWOOF(有機農園で作業を手伝う代わりに、宿と食事を提供してもらう制度)をすればいいよと教えてもらう。今日は彼女の方がなにやら機嫌が悪く、カップル旅行もたいへんだなと思った。

買い物でもしようと街を歩いていると、本屋で古い日本の写真を見つけた。大正時代くらいのものだろうか。街の道幅が広く、路面電車が走っていて、欧風の建物が立ち並んでいる。なんとなく今いるサンクトペテルブルグの街に似ている。この街で感じているような異国情緒は、実はかつての日本にもあったものなのかもしれない。

フィンランドの首都ヘルシンキ行きの夜行バスに乗る。

バスに乗っている間、ロシアについて考える。ロシアで印象的だったのは、「店員が冷たい」ということ。でもこれはロシア人から見ると、日本は「客が冷たい」とも言えるのかもしれない。

日本では、店のサービスが過剰になるにつれて、客の態度が横暴になっているように感じる。店員に対しては敬語を使わなくていいという習慣がいつの間にかできあがっているし、「ありがとう」と言うのは、たいてい店員のほうだけだ。

ロシアでは店員は何も言わないが、そのかわり客は「ありがとう」と言っていた。

物を持っているほうが偉いのか、金を持っているほうが偉いのか。ロシアではサービスを売るという概念が浸透していないから、「物を持っている方が偉い」ということになっているのではないか。サービスを売ることが盛んになると「金を持っている方が偉い」にシフトしていくのかもしれない。

そんなことを考えたりしながら、ロシアを後にした。 

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