031 憧れの冬季オリンピックに手が届くところにいる(スペイン)

マドリードに戻ってきた。アフリカのモーリタニアのビザを取るためだ。

スペインの次はアフリカに行く。最初に入るモロッコはビザが必要ないのだけど、その次のモーリタニアはビザが必要である。というか、ほとんどのアフリカの国ではビザが必要だ。

たいていは、ひとつ前の国で取得するのが簡単なのだけど、モーリタニアに関しては、モロッコで取ろうとすると航空券の提示が必要だとか、いろいろ面倒だという情報があるので、スペインで取ることにしたのだ。

……ということを調べたのが、ここ数日のこと。前もって調べておけば、もっと効率的な動きができたはずだ。悔しい。

とにかく手続きだ。まず日本大使館へ向かう。

アフリカの多くの国では、ビザを取るのに「レター」と呼ばれる日本大使館発行の書類が必要である。「この人はまあちゃんとした人ですから、ひとつよろしく頼みます」というような内容の書類だ。それを持って申請する国の大使館に行く。

さっそく日本大使館を訪ねると、レターの発行には2日かかると言われた。土日を挟むから、受けとるのは4日後になる。「はいどうぞ」と、すぐもらえるものだと思っていたので、軽くショック。

ネクタイ姿の日本人男性が応対してくれたのだが、久々の「仕事っぽさ」を感じて、ちょっと恐れをなしてしまう。敬語がすぐ出てこなくて、おろおろしてしまった。

とりあえずレターを待つしかない。

マドリードで泊まっているホステルは男女相部屋。夜、男女がいちゃいちゃし始めて、気になって寝られない。いっそのことさっさと済ませて、早く寝てくれればいいのに、と思うのに、向こうも気を使っているのか、いちゃいちゃ状態をキープするので、いっそうイライラがつのる。もう、どっちやねん。ていうか、おれもどっちを期待しとんねん。

* * *

とりあえず来週の火曜まで、時間をつぶさねばならない。スペインの中でまだ行っていないバレンシア地方に行ってみることにする。

マドリードからバスで4時間くらいの移動。バレンシアは南国っぽい雰囲気。いや南国っぽいもなにも、実際にここが南国である。旧市街は歴史的な建物が多く残っている。バレンシアに古い町並みはあまり想像してなかったけど、ヨーロッパの街にはたいていどこも教会を中心とした旧市街がある。

週末なのでサッカーの試合をやってないかと、スタジアムまで行ってみるが、その気配は無かったので、引き返した。

* * *

面倒くさいので、バレンシアにもう1泊しようかと思ったけど、思い切って移動。

アリカンテという海辺の街に向かう。2時間のバスでの移動中ずっと、前の席のカップルがいちゃついているのを見て過ごす。欧米のカップルはいちゃついても絵になるよなあ、などとは全然思わず、うっとうしい。もう少し恥じらいを持ってほしい。減るもんじゃないけど、減るもんだと思う。

窓の外に目をやると、草原に馬がいて、なんかすごい勢いで転げまわっていた。馬って、人が見てないときにはあんな動きをするのかと驚く。

アリカンテに着いたが、バスターミナルの時点で、何かここはあまり良い予感がしない。

たとえば、壁に貼ってある地図を見たいのに、なぜかすりガラスに入っていて、見えそうで見えなかったり、別の案内の紙も微妙に高いところに貼ってあって、読めそうで読めなかったり、なんでやねん、ということが多すぎる。

これは何かのお告げなのではないかと思い、再びバスに乗って、さらにムルシアという街に移動することにした。天気も悪いので、海辺の街にいてもしょうがない。

ムルシアは打って変わって感じのいい街。

調子に乗ってちょっと高い宿(シングルルーム)に泊まったので、元をとるべく、風呂に湯をためて入浴する。ユニットバスにつかる体勢って我ながら格好悪いなあと思いつつ、でもやっぱお風呂は気持ちいいわとリラックスしていると、いつの間にか水が漏れ出ていて、気がつくと部屋が浸水していた。

あわてて、ユニットバスにつかるよりさらに格好悪い姿で床を拭く。たぶん自分がこの風呂で湯をためた初めての人だったのだろう。

* * *

街路樹がオレンジの木で、さすがバレンシア(の近く)だ。ムルシアはメジャーな街ではないと思っていたけど、意外と日本人らしき若者を見かけた。学生だろうか。

生まれ変わるとしても、やっぱり日本人がいいなと思う。日本人のセンスや知性はヨーロッパ人には負けていない。とくに根拠はないけど、今のところそう思う。 日本人もちゃんと力を発揮したら、同じ土俵でも勝負になるはずだ。

バスでマドリードに戻る。そういえば今日は自分の誕生日だった。いい天気の日で良かった。

と思って眠りについたのだが、宿の同部屋の欧米人女子がおしゃべりでうるさい。何を言ってるのかはわからないけど、間のないしゃべりは聞いていて疲れる。「品がある」ことが日本女性のアドバンテージではないか、などと思った。

* * *

今日はビザ取りだ。まず日本大使館でレターを受け取る、ここまで予定通り。その足でモーリタニア大使館に行き、ビザの申請をする。申請用紙の説明文はフランス語のみ。西アフリカはフランス語圏なので、先が思いやられるなと思いながらも、なんとか記入し、提出した。

すると、ビザがもらえるのは1週間後だと言われる。

1週間。

さらに1週間もかかるのか。これは想定外だ。

うーん、あと1週間、どうやって時間をつぶそうか。ただでさえ旅が進んでないことに焦っているというのに。1週間もあれば、時間的には他の国でも旅行できるのだけど、ビザ取得のためにパスポートを預けてしまっているから、国境を越えられない。

スペインはもうかなり回ったし、もはや新鮮味もなくなっている。かといって、あと1週間マドリードでだらだらするのもなんだしなあ。

歩いていると、キオスクで日経新聞(日本語)を発見。思わず手に取ると、なんと1部600円くらいもする。でも、後には引けず購入。久々の新聞だ。女子高生の間で方言ブーム?知らなかった。

* * *

宿で知り合ったドイツ人の女子とニューヨーカーの男子とで、マドリード市内をぶらぶらする。

王宮を見たあと、ティッセン美術館に行く。これまでヨーロッパの古い絵を見て感動したことはあまりない。知識が足りないからかもしれないし、感受性が足りないからかもしれない。ただ、そういう芸術活動をした人がいた、ということはすごいと思う。

この美術館は年代順に作品が展示されていて、なんとなく絵の歴史がわかるようになっていた。ドイツ女子が「私のお気に入りは印象派よ」とか言っていたので、ちょっと真剣に見てみる。モネとかルノワールとか、そのあたりの絵が印象派である。

個人的な感想では「ちょっと切なくなる絵とは何か?」を追求したのが、印象派ではないかと思う。テーマは普通の風景なのに、なんとなく別れを予感させる絵というか。

絵画の知識がないので何かコメントを求められると、どぎまぎしてしまう。適当に答えたことが、同意を得たりすると、内心ほっとする。そんな鑑賞の仕方である。

男子2人に女子1人という体制で1日を過ごした。男1女1のところに、自分が後から割り込んだ形なので、なにか気まずいかなと思ったけど、ニューヨーカー男子が見た目によらずいいヤツで、彼と仲良くなってしまった。

夜は「パブクロール」という、パブやらクラブやらにみんなで行きましょうツアーに参加。日本人の女子大学生が2人いたが、彼女らはやたらモテる。よく言われる日本人女子=モテる、男子=モテない、という構図は切り崩せそうにない。いつか日本中のイケメンやら、ホストやらを一斉投入して、ヨーロッパ中の女子を参らせて欲しいものだ。

とりあえず今日思ったのはアルゼンチン人は美人だ。アルゼンチンぜひ行きたい。

* * *

宿で同じ部屋のカップルに「昨日あなた窓開けた? 寒かったんだけど」と言われ、「知らない」と答える。でも、あとから改めて考えてみれば、自分が開けたような気がしてきた。なぜ反射的にウソが出てしまうのか。 自分って信用できない。

今日もマドリードをぶらぶら。

国のイメージというのは、異国に集団でいるときのイメージで決まると思う。たとえば他の国で見たスペイン人のグループはやたらとテンションが高くて、しゃべりまくっている印象があった。だから、スペイン人がみんなそうだというイメージがあったのだけど、実際に来てみるととくにそういうわけでもない。

一人一人は立派でも、集団になると幼い行動をとってしまうことも多い。国と国どうしの争いなんて、子供の争いみたいだ。集団に出会うと、何かこちらも本能的に身構えてしまう。そんなことから争いが起こるのかもしれない。

宿のキッチンで自炊。パスタを茹で「マヨネーズ&カツオふりかけ」をソースに食べる。

日本は物価が高い国だ、というのはすでに過去の話だろう。ヨーロッパの国は、ほとんど日本より高い。比較的安いと言われているスペインでやっと同じくらいだと思う。それでもヨーロッパの人は、まだ日本の方が高いと思い込んでいる。東京が物価世界一を転落と言うニュースを見た。それでも2位? 家賃が高いせいだろうか。

今日はネットをし過ぎた。なんか罪悪感がある。

* * *

マドリードの近くで、闘牛があるらしい。闘牛はスペインの国技と言われている。一方、動物愛護団体などからは虐待だと非難もされている。いずれにせよ、ぜひ一度見てみたい。

場所を調べてバスに乗って出かける。すぐ近くかと思ったら想像以上に遠かった。マドリードの街を離れ、1時間くらい走った小さな村で開催されていた。

闘牛は牛と人間がフィールドに放り込まれて、せいの、で戦うだけかと思っていたけど、ちゃんと順序があるようだ。

序盤は闘牛士3人vs牛の戦い。角が生えた牛の突進は恐ろしく、客席で見ていても迫力がある。

逃げ場はないと思っていた円形のフィールドには、実は四隅に小さな避難所のような隠れ場所があって、闘牛士はそこに入れば牛の突撃から逃れることができる。

序盤は牛が元気なので、闘牛士たちは避難所に隠れ隠れしながら、たまに赤い布を振って牛を挑発し、走らせて疲れさせる。牛が突進してくると、あたふたと避難所に逃げ込む闘牛士はちょっと格好悪い。

牛が少し疲れてきたら、闘牛士のうちの1人がフィールドに出て、布を使って、ひらりひらりと牛を翻弄し始める。牛はいらいらして興奮してくる。ここからが中盤戦である。

小さな槍を持った闘牛士が登場。牛の突進をかわしつつ、牛に近づき、背中に槍を突き刺す。牛はダメージを受け、ますます興奮する。うまく刺さると、観客から拍手。計5本くらいの槍が牛に刺される。牛の背中は血で赤く染まってくる。

最後に主役の闘牛士マタドールが登場。まだ20歳くらいに見える若者だった。

マタドールと牛の一騎打ちが始まる。マタドールは牛を倒すのはもちろんのこと、いかに気品をもって勇敢に牛に立ち向かうかという振る舞いも評価されるようだ。姿勢よくひらりと牛をさばく姿はたしかに格好いい。

しばらく牛を翻弄した後、クライマックスを迎える。マタドールは狙いを定め、長い剣で牛の頚椎のあたりを一突き。うまいマタドールだと一発で内臓深くまで剣を突き刺し、牛はほどなく絶命する。

いい演技を見せたマタドールには、客は白い布を振って声援を送る。

死んだ牛は馬に引きずられ、場内を一周して退場し一試合が終了。人間がいかに野生の牛を征服したかという歴史物語になっているようにも思えた。すぐに逃げ出す一般人と、勇敢な騎士という対比の物語にも見える。

1試合がだいたい20分くらいで、計6試合、2時間くらいですべてが終了した。平日の夕方の時間帯だったけど、老若男女よく客は入っていて盛り上がっていた。

剣を刺されて血だらけになって死んでいく牛は、ちょっと見ていられない感じもあったけど、完全に否定されるべき文化だとも思わなかった。敵と勇敢に戦う男は絶対的なヒーローなのであって、野生な意味での英雄とは何か、を思い出させてくれる気がする。

日本に帰ったら、相撲を見に行きたい。

* * *

スペイン南部のマラガという街に移動。友人が住んでいるので会いに行く。本当はモーリタニアビザを手に入れてから南部を訪れるつもりだったのだけど、マドリードでずっと待つのも退屈なので移動してみた。

移動してみた、といってもバスで6時間かかる。移動時間中はもったいないので、本を読もうか、日記を書こうか、など乗る前にいろいろ考えるが、結局いつも寝てしまう。

会いに行った友人(友人の友人といった方が正確だけど)は生まれは日本なのだがアメリカ暮らしが長く、日本語よりも英語の方が堪能な女性。彼女がパートナーと暮らすアパートにしばらく滞在させてくれるという。

友人宅に居候するのはハンガリーに続き2度目。ホームステイも含めると3回目だ。滞在する環境が変わると旅に変化が出ておもしろい。

友人宅は広くて快適なアパートだった。 部屋の広さに対する感覚が基本的に違うのだろうと思う。物の収納に頭を悩ませる、なんてことはなさそうだ。テレビで欧米版ビフォーアフターをやっていたけど、収納スペースの話は出てこなかった。

* * *

日曜なので友人カップルと外出。彼らが時間のある週末に訪問してよかった。天気は悪かったが、ビーチの方へドライブに連れて行ってもらう。

パートナーのホセはスペイン人で、ボーダフォンで働いている。IT系の人はインターナショナルに活躍しているなあ。自分もITのキャリアを積んどけば今ごろは……とか思うが、そうなっていたら、きっとこんな旅に出ていないわけで、まあ、よくわからんけど、これでいいのだ、などと思う。

夜は日本料理屋で食事をした。味はまずまずだが値段が高い。日本=高い国というイメージをうまいこと利用しているんじゃないだろうか。

* * *

今日はのんびり街を歩いたりする。晴天だ。このあたりは冬でも17〜8度、夏でも25度くらいの気温で過ごしやすそうだ。

そういえばアイルランドの語学学校に通っていたとき、「あなたの宝物は?」という質問があった。そのときは、そんなものないぞ、と答えに困ったのだけど、ふとその答えは、記憶、とくに「懐かしさ」じゃないかと思った。

友人カップルがスペイン料理を作ってくれた。ただ待っているのも何なのでキッチンに参加させてもらう。イカのガーリックしょう油焼きという、なんとなく和風な男の料理で応戦。ガーリックパウダーが使いたいときにいつも固まっているのは、万国共通かもしれない。

* * *

今日も良い天気。日本の春くらいの気温だろう。花粉が飛んでないのがうれしい。昼間は街を歩く。明日マドリードに戻るので、バスのチケットを買いに行く。

結婚について友人と話す。スペインでも若い世代では、同居はするが結婚はしないカップルが多いようだ。前におじゃましたハンガリー人カップルのところもそうだった。どの国でも離婚は増えているらしいし、結婚という制度の意味もあいまいになってるんじゃないかと思う。

友人宅にあった「ちびまるこちゃん」にはまって読みふける。

* * *

ビザを引き取るために、マドリードへ戻る。バスステーションまで送ってもらって、友人カップル(と、ネコ2匹)にお別れ。お世話になった。滞在するのと旅をするのとでは出会うこと、触れることが違う。それぞれ面白さがあるけれど両方体験できるのはありがたい。

昨晩は夜通しちびまるこちゃんを読んでいたので眠い。マドリードでは前と同じ宿に泊まる。

今日は「トイレに入ったらまず紙があるか確認しろ」という、ささやかな教訓を得た。

* * *

パスポートを引き取りに行く。無事モーリタニアのビザをゲット。これでいよいよアフリカ行きだ。

と思った矢先、今やっているトリノオリンピックが気になる。

トリノはイタリアの北のほうにあり、スペインからもそんなに遠くない距離だ。アフリカは遠のくが行けなくもない。思えば冬のオリンピックは子供のころから好きだった。空に向かって飛び出したり、滑ったり、コスチュームが独特だったりするのがおおもしろい。夏のオリンピックは「体育授業の延長」に思えるけど、冬はなんか異世界だ。

そんな憧れの冬季オリンピックに手が届くところにいる。

調べたところ、時間はかかるがバスで行けるみたいだし、チケットもかなり高いけど、ブローカーから買えるみたいだ。行くべきか、どうしょうか、悩む。

結局やめにした。チケットが取れるかわからないし、いろいろお金がかかるし、宿にも困るだろう。という現実的な懸念事項のほかに、アフリカ行きを決めた今、いまさら引き返したくないという思いがある。

宿で洗濯。靴下は表と裏、どっちが汚いんですか。

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