ソファのクッションみたいな代物をバコバコと豪快に叩く

セネガルのダカールから、空路カボベルデ諸島に向かう。

搭乗前に空港職員に呼び出され、裏口に連れて行かれる。何事かと身構えたが、 荷物の中のスプレーが機内持ち込み不可なのだそうだ。仕方ないので、置いていくことにする。アフリカでは必須の殺虫剤のスプレー。けっこう高かったんだけどなあ。

2時間のフライトで、カボベルデの首都プライアへ。予想外に機内食が出た。以前は機内食なんて変な習慣だと思っていたけど、やっぱりうれしいものだ。遠足のお弁当気分。配膳のカートが近づいてくると、そわそわしてしまう。

飛行機は小型のプロペラ機で、プロベラの近くに座ってしまったからか、音がうるさい。そこでそれを逆手に取り、耳を手でふさいだり開いたりして、ワウワウさせてみると、何だかかっこいい効果音になった。自分だけにしか聞こえない楽器。はたから見ると、アイツ何やっとんねんという感じだろうけど。

プライアの空港はヨーロッパのようにきれいだった。それだけで、うれしくなる。それほどアフリカ的な喧騒から逃れたかったのだろう。

同じ飛行機に乗っていて知り合ったベルギー人の中年女性と、タクシーをシェアして街へ。泊まるところを決めてなかったので、一緒に宿を探すことにする。しかし、最初に行った宿は満室だった。

どうしようかと思っていると、そこで出くわした現地の女の子が、別の宿を知っているから連れて行ってあげるという。行ってみると、やや値段は高かったが、その分きれいで悪くない感じだ。

礼を言うと、彼女はこう言う。

「私はHIVにかかっている。そのうえ赤ちゃんの世話もしなければならなくて、お金に困っている。赤ちゃんのミルクを買うお金をください」

身なりはきちんとしているものの、歳の割にはやつれていて、話は本当かもしれない。ちゃんとガイドしてくれたし、お金をあげてもいいかと思った。でも、あいにくまだ両替をしていなくて持ち合わせがなく、その場は断るしかなかった。ちょっと胸が痛い。

* * *

昨日から行動を共にしているベルギー人女性は、1年のバカンスで旅行をしている。空港の新規インフラを立ち上げる仕事をしているそうだ。航空会社が新規路線をつくるとき、空港に派遣されて、コンピュータシステムの導入などの準備をする。そういう仕事もあるのか。名前はクリスティーナ。40歳くらいかと思ったが、50歳だという。

プライアはかつて支配していたポルトガルの影響からか、道路は石畳で、ヨーロッパ的な街並みだ。人もセネガルとは違っていて、肌の色は黒ではなく褐色。太平洋の島の人みたい。女性はがっちり体型で、これもスラリとしたセネガルの女性とは違う。

予想外だったのは、中国人系の雑貨屋がたくさんあること。中国人の若い男の子や女の子が働いている。中国のアフリカ進出が盛んになっていると聞いたけど、こんな島にまで来ているとは驚き。おかげで街を歩いていても、外国人だと注目されることはなかった。

情報がほとんどないので、とりあえず本屋に行ってみる。働いている若い兄ちゃんに、安い宿はないかと聞くと、「なんなら僕の母親の家に泊まってもいいよ」。

この街では物価がヨーロッパ並みに高いので、民泊するのも手だ。クリスティーナも「行ってみよう」と言うので、一緒に彼についていく。

彼の家は思ったより遠く、街から30分くらい歩く。着いたのはあまりきれいとはいえない地区だった。アフリカ的な環境から逃れたい、というのがこの島に来た理由なので、申し訳ないがここでのステイは遠慮することにしよう。

と、気がつくと、本屋の兄ちゃんはクリスティーナに対してナンパ体制に入っている。

彼女が言うには、これは白人の女性に対してよくあることで、見た目がどうとか、年齢がどうとか関係なく、結婚してパスポートが欲しいのだという。結婚しているとわかると、やはりその兄ちゃんは興味を失ったようだ。

クリスティーナがこの島に住んでいるイタリア人の友人がいると言う。電話をすると、近くの村にいるようだ。安い宿もあるという。

「行ってみない?」 街以外に滞在するのもいい経験かもしれない。同意して15キロほど離れたその村へタクシーで向かう。2人だとシェアできるので金銭的に助かる。

着いたところは、地形よし、雰囲気よしで、いい感じの村。ポルトガルが最初に到着した土地で、シダデベラという場所だそう。丘の上の城塞に登ってみると、見晴らしがよく、いいところに連れてきてもらったと思う。

飛行機でワウワウをやりすぎたのか、今日一日耳が変だった。

* * *

カボベルデは10以上の島々から成り立っている国。別の島にも行ってみたい。

プライアの街に出て人に聞くと、船のチケットは旅行代理店で買えるそうだ。だが土曜日だからか、どこの代理店も閉まっている。滞在期間があまりないので、行くなら今日の便に乗りたい。目的のサル島という島まではけっこう距離があり、船で一晩かかるのだ。

とりあえず港まで行ってみることにする。1時間くらい歩いて、港に到着。しかし、閑散としていて、チケット売り場は見当たらない。しばらくうろうろしてみるが、よくわからないのであきらめることにする。ちょうどやって来たバスに乗って戻る。

市場をうろついたあと、乗り合いタクシーで泊まっている村に帰る。乗り合いタクシーは満員出発制なので、客が集まるまでひたすら待たなければならない。結局1時間くらい待った。動き出すと20分くらいで着く距離なんだけど。

村に戻ると、もう夕方。今日もここに滞在するしかない。でも日程的なことを考えると、意地でも船を見つけて、今日中に移動するべきだったかもしれない。また効率的に旅を進められなかったと後悔する。

同じ宿に、フランス人2人とイタリア人1人の中年女性グループがやってきた。一緒に夕食を食べに行く。

彼女たちは3週間かけて島々を旅行している。話を聞くと、自分が行こうとしているサル島はあまり良くないという。リゾート地として、イタリア人がたくさん押し寄せてきているからだ。「あそこはもうイタリア人の島」。物価も倍くらいするらしい。

もっと土着のカルチャーがあるかと期待していたけど、そういうことでもないようだ。しかも高いのはつらい。サル島行きは、やめにしよう。

寝る前、もう日本に帰るべきじゃないかという考えが浮かぶ。この先、少なくともアフリカ南端までは旅することを決めていたが、今日船に乗らなかったことで、なにか意欲がなくなってしまった。失業保険もまだ間に合うし、苦しんでアフリカの旅を続けるよりも、日本の快適な環境で何かに取り組んだほうがいいんじゃないか。

* * *

うそ。やっぱり日本に帰るのは撤回。一晩寝て考えが元に戻った。ここで弱気になってはいけない。気合で旅を続けることにも意義があるはずだ。まだまだ先に進んでやるぞと思うと、わくわくしてきた。

が、問題がひとつ。歯が痛み出してきたのである。虫歯は出発前に完治させてきたはずなのに……この先の不安要素だ。

今日はフランス人女性たちとトレッキングに出かける。

乾季で枯れ川になっている谷底を歩く。大きなバオバブの木や、川で洗濯をする女性たちや、滝で遊ぶ子供たちに出会ったりした。

トレッキングなんて、1人では絶対にやってなかっただろう。しかもここではフランス語がわりと通じるので、彼女たちのおかげで、地元の人とのコミュニケーションも取れた。

エレンというフランス人女性は、雇用関係の調査をしてレポートを書く仕事をしているという。

「日本の会社は休みが少ないんでしょ」

労働時間が長く、休みも少ないというのは、多くのヨーロッパ人が持っている日本の会社のイメージのようだ。パリにある彼女の会社では、残業手当をもらわない代わりに、まとまった休みを取れるという契約を、社員と会社が交わしているそうだ。

「どんな仕事をするか」で自己実現をするのはもちろん素晴らしいけれど、「どんな働き方をするか」ということも、自己実現の手段になればいいなと思った。

* * *

村からプライアの街に戻る。もう十分この島を堪能した気分だけど、帰りの飛行機まであと2日待たねばならない。

カボベルデは音楽が有名だ。アフリカとヨーロッパとカリブの音楽が融合しているらしい。とくにセザリア・エヴォアという女性歌手がヨーロッパでは有名で、彼女がカボベルデという国の名を一躍有名にしたのだそうだ。

カーラジオや、カフェから流れてくる軽快でポップな音楽に耳を傾けると、なるほどいろんな要素がミックスされたような感じ。リズミカルだけど、アフリカほどテンションが高すぎず、レゲエほどねっとりもしていない。楽器やアレンジは西洋的に洗練されていて、いい意味で軽く、耳なじみがいい。島の雰囲気に良く合っているような気がする。

* * *

夜レストランで、音楽ライブがあるというので行ってみる。が、開演時間に合わせて訪れたはずなのに、客がほとんどいない。というか、自分のほか、カップルが1組だけの計3人の客だ。

一方、演奏陣は地元のおばちゃん軍団。10人以上いて、すでにステージでスタンバっている。うわ、ちょっと間違えたかも。気まずいところに来てしまった。でも、いまさら帰るに帰れないよ。

しかし、これが良かったのである。

おばちゃん軍団は、ボーカルがひとりで、あとの人はパーカッションとコーラス。パーカッションといっても、ソファのクッションみたいな代物で、たいした音は出ないのだが、それをバコバコと豪快にたたく。歌もいいし、たまに出てくるダンスもすごい。腰の動きがすごい。

女性パワーに圧倒されて、思わず笑顔になってしまう。ここの人たちが一気に好きになった。現地の人たちの気持ちよさを追求したような音楽だった。

* * *

カボベルデ最終日。おみやげに露店でCDを探す。実は昨日もCD屋で店員の兄ちゃんに勧められるがままに1枚購入していたのだけど、ちょっとトラディショナルすぎた。もう少しポップなものも欲しいと思って、今日は露店を物色してみる。

露店で売っているのは本物のCDではなくて、コピーしたCD-Rである。カボベルデのものはあるかと聞くと、小声で「ある」と言い、音量をしぼって試聴させてくれた。地元の音楽のコピー品を売るのは、やはり問題があるのだろう。

できるだけ正規のものを買って、ミュージシャンに還元したいところだけど、ここは物価が高すぎる。なので申し訳ないけど、ここはコピー品で。正規のCDは、昨日買った1枚で勘弁してもらうとする。

物価が高いこの島は、他のアフリカの国にくらべてかなりリッチに思える。出身者の多くが海外で暮らしていて、彼らからの送金で島の人は潤っている。出会ったイタリア人がそう話していた。余裕のあるゆったりとした空気が流れているのは、そういう理由もあるのかもしれない。

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