018 ジンジャーティーを注文してカフェラテが出てくる(コーク)

週末を使って日本人の学校仲間たちと小旅行に出かける。バスを乗り継いでDoolinという村に向かった。アイリッシュ音楽の発祥の地と言われている場所だ。

途中、留学でアイルランドに来ているという日本人と出会う。Kくんというその大学生の彼もDoolinに行く途中だというので、一緒に行くことにする。

Doolinに着いたころにはもう薄暗くなっていたが、月が明るくて昼間のよう。広い空に浮かぶ星も綺麗で、絶景という言葉が浮かんだ。小さな村のパブはにぎわっていて、食事、ビール、音楽を満喫した。

* * *

近くに、「モハーの崖」という有名な場所があるので見に行く。天気を心配していたが、見事に快晴。

最初はレンタサイクルをしようと思っていたが、シーズンオフなのか借りられず、歩いて行くことにする。途中、道を間違えてしまい、3時間くらい歩いてようやく目的地に到着。巨大な崖も見応えがあったが、道中の風景もすばらしかった。

きれいな景色を見ると、ちょっと性格が良くなった気がする。

この崖は大西洋を臨んでいる。この海の向こうはアメリカだ、というけれど、にわかには信じられない。ここから見ると、日本は遥か遠いところだ。極東と呼ばれるのもわかる気がする。

モハーの崖から落ちると遺体は決して見つからないそうだ。

* * *

今日からホームステイ先にイタリア人の学生がやって来た。ホストマザーとあわせて3人生活が始まる。学生といっても彼は30歳で、仕事の休みを使っての1週間の滞在だそうだ。

授業後の午後はクラスメートたちとお茶をする。ハンガリー人の女の子が
「かつて二股をしていた」
とか、
「ハンガリー人はオープンだ」
などと際どいことを平気で言う。

* * *

もう1週間学校を延長することを決めて、お金を払う。少しだけ増えたボキャブラリーを授業料で割ると、1ワードいくらになるのだろう。

学校には日本人は思ったより少なくて、5人くらい。スペイン人、フランス人、イタリア人、韓国人が多い。

ヨーロッパ人は、なんとなく英語はしゃべれるけど、文法は良く分からないという人が多く、日本人、韓国人は文法はわかってるつもりだけど、言葉が出てこないというタイプが多い。

いったい文法がわからないのに話せるというのは、どういうカラクリなのだろうか。

ヨーロッパ人はヒアリング力も優れているようで、ネイティブの人の言うことはたいてい理解している。アジア人とは、音声として使っている周波数が違うんじゃないかとも思う。

自分はというと、相手が何を言ってくるか想像がつく場面では理解できるのだけど(当たり前か)、すべて聞き取れているわけではないので、想定外のことを言われるとわからない。

* * *

平日でもパブはにぎわっている。景気がいい証拠なのかもしれない。

アイルランドでは、パブの中は禁煙。入り口では年齢チェックの係員が、常に入場者を見張っている。深夜の営業時間も法律によって決められているそうだ。

今週は毎日のようにパブ通いをしている。黒ビールはあんまり得意ではなかったけど、飲んでいるうちに好きになってくるから不思議。

そして徒歩40分の帰り道では、尿意との戦いが待っている。

* * *

いつもは学校まで歩いているが、今日は天気が悪かったのでバスで行こうと思い、同居のイタリア人、ミケルとバス停で待つ。

しかし、待てども待てどもバスは来ない。かといって、もう時間があまりないので、今さら歩いていくわけにもいかない。

40分くらい待ってようやくバスが来る。学校は遅刻。歩いたほうがよっぽど早かった。

* * *

夜半から冷え込み、朝からは雪が降る。しかし学校に着くころには止んで、晴れ間がのぞいていた。

晩に見たいコンサートがあったので、街でチケットを購入し、夕食の時間にいったん家に戻ると、ちょっとした問題が発生していた。

同居人のミケルは、明日の飛行機でイタリアに帰国する予定だったが、なんと飛行機を1ヶ月まちがった日付で予約していたのだ。ホストマザーが偶然そのことに気がついた。

あわてて、日程を変更できないかと航空会社に問い合わせたが、正規料金での買いなおしになるので、とても高い金額になるという。

途方にくれる彼に、ネットで安いエアラインの予約を試みてはと勧めてみる。いっしょに街のネット屋に行き、フライトを検索したところ、運良く安いチケットを予約することができた。

いずれにしても彼にとっては余計な出費となってしまったが、今日気づかなければ、当日空港のカウンターまで来て初めて間違いに気づくわけで、それを避けられただけでも、不幸中の幸いだろう。

よかった、よかった。しかし、そういえばコンサートに行くんだった。コンサートの開始時刻はとうに過ぎてしまっている。楽しみしていることがあると、たいてい何かハプニングが起こる気がする。

会場に着くと、幸いメインの演奏はまだ始まっていなかった。

ドーナル・ラニーという人のコンサート。彼は伝統音楽にとどまらず、映画音楽なども手がけるアイリッシュ音楽界の中心人物だそうだ。日本にいるときから名前だけは聞いたことがあった。その人がたまたまこのコークの街でコンサートをするというので、見に行ったのだった。

ドーナル・ラニーは、もっと音楽家然とした人なのかと思ったら、ただの音楽好きのおっちゃんという雰囲気で、好感が持てる感じだった。でも演奏はさすが。 会場のテンションも上がる。無料で聴けるパブの演奏とはやはりレベルが違うように思った。

* * *

コンサートの影響をもろに受け、楽器が欲しい熱が高まる。狙いはブズーキという民族楽器。昨日のドーナル・ラニーの演奏が、かっこよかったのだ。

が、ブズーキは普通の楽器屋にはあまり置いてなくて、しかも高いので、手ごろなマンドリンに狙いを変更。いくつかの楽器屋で弾かせてもらう。といってもたいして弾けないので、音の響きがいいものを探す。

安いものでも、けっこういい音がする。しかし安いといっても、冷静に考えると安くないので、決断は先送りにする。

先日髪を切ってくれたモンゴル人と街でばったり遭遇。あの美容室はだめだったが、他の店で仕事を手に入れたという。朗報だ。何事も挑戦すれば、道が開けるものだと思った。

* * *

冷静に考えて、民族楽器を買ってもすぐ弾かなくなるだろうと思い、小型のギターに狙いを変更。しかし欲しかったモデルは予想以上に高かったので、結局あきらめる。

そのかわりにセーターを購入。徐々に冬支度が進む。

夕刻、ばったり会った学校仲間と、クリスマスライトの点灯セレモニーを見る。まだ1ヶ月も先なのに、思いっきり「メリークリスマス」と言ってしまっていいのか。日本でいうと、12月に「あけましておめでとう」と言うようなものではないのか、などと突っ込んだりする。

* * *

授業は4週目に突入。もうこれ以上は延長しないつもりなので、最終週である。

ふとパスポートを見てみると、3ヶ月間あると思っていたビザの滞在期限が、実は30日しかないことに気づく。今週いっぱい学校に通うと、期限をオーバーしてしまう。学校を週半ばで切り上げて、出国しなければならないかもしれない、と焦る。

クラスメートに聞いてみると、
「少々オーバーしても出国するだけなら大丈夫」
という。その「少々」はどれくらいなのか?と思ったが、なんとかなるさ、という根拠が欲しかっただけなので、それを信じることにする。

ちなみにEUの国籍を持っていたら、基本的に居住も労働も自由。職場も住むところも、自分に合った国を選べるわけだ。結構すごいことだと思う。

* * *

あと1週間で英語がぺらぺらになるのは不可能なので、「英語で笑いを取る」ことをひそかな目標とする。タイミングよく最適な言葉を発することが重要だ。会話を弾ませるためには、何を言うかに加えて、どのタイミングで言うかが大切だと思う。

ファーストネームで呼ばれることには、少しだけ慣れてきた。

* * *

今の生活リズムに慣れてしまったので、次の場所へ移動するのが面倒くさい。でもビザの期限の問題もあるので、なるべく早くアイルランド国外に出なければまずい。マンネリを防ぐためにも、重い腰を上げなければ。

学校後、同じクラスの韓国人とハンガリー人とでプールに泳ぎに行く。それに備えて、前夜さりげなく筋トレなどしておいた。プールにはサウナとお風呂もあって気持ちいい。

こんなに気持ちいいのに、なぜ欧米人は日常的に風呂に入らないのか。他にもっと気持ちいいことがあるのか。あるならそれを教えて欲しい。

そのあとカフェでお茶。注文するとき
「ジンジャーティー」
と言ったら、
「ああ、カフェラテね」
と店員。4週間勉強した成果がこれである。

* * *

今日もカフェに行く。今日こそジンジャーティーを注文してみせると思ったが、土壇場で口をついて出た言葉は
「カフェラテ、プリーズ」
だった。

ヨーロッパ人を中心とする多国籍な集団の中で過ごしていると、同じアジアの韓国人が急に身近な存在に感じてくる。もちろん会話は英語なのだが、声の質も近いので聞き取りやすい。

習ってきた英語が似ているからか、よく使う英単語も似ているし、間違うところも似ている。説明しなくても分かる部分とか、文化的に共通する事柄も多いので、妙に身構える必要がなく、気楽に接することができる。

でも、もし宇宙人と混じって勉強したなら、どこの国の人とも地球人どうし仲良くやれるだろう。きっとそういうものだ。

* * *

今日が学校の最終日。1ヶ月間はほんとにあっという間だった。移動を続けていたころとは、時間の感覚が全く違う。

1ヶ月では英語力が上がったとは言いがたく、体験入学の域を出なかったが、いい経験になったと思う。日本にいるころは、語学学校なんてぼったくりじゃないのか、と斜めに見ていたところもあったけど、百聞は一見にしかずというか、実際に英語圏で過ごしてみると、少し視界が開けた感じがする。

午後に韓国人の友人の引越しを手伝う約束をしていたが、時間に遅れてしまい、結局手伝えず。

夜も飲みに行く約束があったので、今度こそ遅れまいとバスで行くことにしたが、これが裏目。バスが来ない。なぜ来ない。歩いているときは何台も追い抜いていくのに、どうして待っていると来ないのだ……

日本人は律儀だというイメージを壊しまくっている。申し訳ない。

* * *

お世話になったホストマザーと過ごすのも今日で最後。歳の離れ方もほんとの親子のようで、約1ヶ月のバーチャル親子生活だった。

彼女は地質学に興味を持っていて、大学で社会人学生として学んでおり、研究会のような組織の代表をも務めている。広い庭も持っていて、ガーデニングも趣味にしている。

若いころはカルチャーに目が向きがちだけど、そのうち地質や植物に興味を持つようになるのは、きっと自然なことなのだと思う。人間がじたばたしたところで及ばないような、何かそういう魅力があるのだろう。

自分の親などを見ていて、どうして歳をとると山登りや庭いじりをしたがるのか疑問に思っていたが、なんとなくわかってきたような気がする。

ホストマザーの孫(2歳)が遊びに来る。ちょうど言葉を話し始めたばかりで、当たり前だけど、片言の英語をしゃべっている。よく東京の人が関西を訪れたとき、「子供まで関西弁をしゃべっていて驚いた」という感想を言うけど、それと同じ事を思った。

彼は早口のマザーの言うことも理解しているようで、自分はここでは2歳児以下かもしれない。

* * *

1ヶ月滞在したコークの街ともついにお別れ。

ちょっと感慨にふけりながら、バスターミナルでバスを待っていると、髪を切ってくれたあのモンゴル人と、またもや遭遇。最後もお前かよ、と思うと、ちょっと可笑しい。

彼も同じバスに乗ったので、バスの中で朝青龍の話をしたりする。彼のガールフレンド(モンゴル人)も一緒だったのだが、彼女は4時間の移動中、ずっとしゃべり続けていた。

語学学校に通う街としてコークを選んだのは正解だった。人口10万ちょっとという街のサイズがちょうどよかったと思う。

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