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前職の呪いと現れた熱帯魚|36歳 作文係

Career definingな仕事。そういう仕事を割と最近したことがある。年をとったら、孫に「おばあちゃんは若い頃こんなことをしたことあるのよ~」といった風に、自慢できるようなこと。国家元首と有名な大富豪と一緒に収まった写真を見ながら、将来そういうふうに懐かしく語るのかもしれない。そんな仕事。

Dream job。間違いなく、ああいう仕事のことを言うんだろう。やりがいがあって、高給で、社会的認知度も高くて、自分の目指していた方向や専門性と、ぴったりあうものだった。

だけど、そんな素敵な仕事はあっという間に私の元から消えてなくなった。逃がした魚は大きい、とはこういうことを言う。何と比べても比較にならない。大きなあの魚をもう一度、とは思わないものの、あの魚に匹敵するサイズの魚は、どこでどうやったら捕まえられるだろうかと考えた。捕まえられさえすれば、私は元の自分に戻れるんじゃないかとも。

前職〇〇の、は今私の大抵の自己紹介文に組み込まれている。他人にそう紹介されることも、記憶されていることも、多々ある。そのくらい一般的に印象に残るものなんだと、客観的に考えてもそう思う。

でもその1行に出会うたびに、どこかがちくんと痛かった。これからどれだけ楽しくて新しいことをしても、この「前職〇〇の△△さん」という肩書きは私について回るんだろうか。それって重い。重すぎる。

じゃあ封印すればいい。単に言わなければいい。あんた考えすぎだよ。金メダル取ったアスリートじゃあるまいし。ただの職歴でしょ。1行だよ。

それでも。

前職〇〇の人を卒業したい。
他の人になりたい。

そんなことを願って必死だった。「前職〇〇の人」を卒業して、「他の人」になったとして、さて食べていけるだろうか、というのがもっぱらの課題だった。全く新しい分野で食べていくには少々厳しい。かといってあまりに前の世界に近づくと逃れたいものから逃れられない。加えて、職歴を詐称ぎみに誇張できてなんぼ、みたいな国に住んでいるから、完全に封印するのは現実的じゃない。

新しい肩書が印象的なものであれば、この作戦は成功するのかもしれない、とも考えた。必要なのは前の魚ほど大きくないけど、キラキラした熱帯魚。ほら見てよ、キレイじゃん熱帯魚。本当に欲しかったのは、この熱帯魚でしょ。高給取りではないけれど、ゆとりある生活ができるし、ユニークだし、周りを見てごらん、他にこんな魚いないよ?大きい魚じゃなくて、本当はこういうのが良かったんじゃないの?

↑イマココ、である。

キラキラした熱帯魚が目の前に現れた。
現れてしまった今、自問している。

前職というあの大きな魚から逃れるために、逃れきって華麗なcome backを演じるために、熱帯魚をお求めなのではないですか?お客様、ほんとーーーに、熱帯魚好きですか?熱帯魚が好き、以外のやましい理由はございませんね?

・・・・・

100%やましくありません、と言うと嘘になる。でも、よくよく考えたらこの熱帯魚は、だいぶ前から地味にずーっと私の周りをウロウロ泳いでいるヤツなのだ。

例の前職を始めるだいぶ前から、この熱帯魚はいた。だってあの作文サイトを始めたのは、もう10年近く前だ。更新したりしなかったりを繰り返したけれど、こんなに長く続いたことは履歴書のどこを探しても1つも見つからない。

現にこうやって今も、誰に頼まれたわけでもないのに、自問自答して作文を書いてるじゃないか、私。突如現れて消えたあの大きい魚にばかり気を取られていただけで、そのずっと前から「前職〇〇の人」だけでdefineできる人なんかでは、到底なかったじゃないか、私。

大事なものは気づかないだけでみんな手元にある、と言った偉い人は誰だっただろう。そういえばTapestoryのけいさんのセッションにも、見えなくなっているものを見つけなおす、というタイトルがついている。どうにも大切なことは、近くにありすぎてすぐに見えなくなるらしい。まさしくそれだ。熱帯魚は最近現れたんじゃなくて、ずっと前からその辺にいたんだ。見えていなかっただけで。

鈍感な私がようやく気がついたキレイな熱帯魚を、今度こそは面倒みてあげよう。そして、前は私こんな仕事もしたことがあったんですよ、信じられます?うふふ、と満面の笑みで自己紹介しよう。

みなさんこんにちは。私は、Tapestoryの作文係です。
鏡の前で100回くらい言ってみようか。

大人のじぶん探求部 Tapestoryは、2021年10月から本格始動します。
自分で自分にかけている、いろんな呪い。
そういうのをみんなで解いて、ちょっとだけ前に進もう。

note Tapestory文集 Season 0 - credit


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