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「神隠しの庭で、珈琲を」 拝読しました。

あらすじ

 森の奥深く、白狐が案内する先に、永遠の春の世界である常世は存在する。常世の入口には、迷い人のための、常庭という宿がある。常庭で働く瀬名朝来は、現世うつしよでの記憶を失い、常世に迷い込んだ。難病を抱える音楽家や、教え子を第二次世界大戦で亡くした教師、地震の被害を脳内で計算できる小学生など、様々な時代を生きる人々が、常庭を訪れる。「お客様」との交流を通して、朝来は記憶を取り戻していく。朝来が常庭に来た理由とは。嵐の夜に扉を叩いた人物とは。

 森の神は、迷い人たちに寄り添う。
「あなたの話を聞かせてちょうだい」
 耳を傾けることから始まる物語。連作短編集。

神隠しの庭で、珈琲をより

現世と常世の境目にある「常庭」。ここには何らかの理由で現世で迷った人々が、『神隠し』されてやってきます。常庭にはフサヱさんと言う年配の女性の姿をした神様、そしてそのアシスタントをしている朝来(あさき)と言う女性、そして神隠しにあった人々を常庭まで案内してくれる、3本の尾を持つ白狐の雪夏がいました。

主人公の朝来は記憶を無くしていて、今はフサヱさんのお手伝いをして日々を過ごしています。そんな中、今日も「お客様」が雪夏に導かれてやってくるのでした。最初のお客様は葉月琴音と言うハープ奏者の女性、そして二人目は紺野キヨと言う教師の女性、三人目はアダン優都と言うギフテッドな天才少年。そして最後に訪れるのは……。

常世に来たゲストたちは、フサヱと朝来にもてなされ、少しづつ心を開き癒やされます。そして、記憶を無くしていた朝来もまた、彼らから何かを感じ取り、少しずつ記憶を取り戻して行くのでした。

最終的に朝来は自身の記憶を取り戻せるのか。そして常世に来たゲストや朝来の未来は? 結果が気になりつつも読んでいてとても温かな気持ちなれるハートウォーミングなファンタジーです。


常庭の風景描写がとても繊細で、文章からもそこが常春の場所であることが伝わってきます。そしてそこの本来の住人であるフサヱさんや雪夏が、ここが「現世ではないどこか」であることを示唆しているのでした。

フサヱさんは森の神様でとてもオシャレ。そんな彼女がゲストである人々に料理を振る舞ったり、珈琲を淹れてくれたりするのです。彼女のアシスタントとしてして働いている(記憶を無くした)朝来。朝来もまたここの住人ながらフサヱさんや雪夏の様などこかミステリアスな雰囲気はなく明るくゲストたちに接し、それが時にゲストの心を癒やすのでした。

ゲストに合わせて振る舞われる料理や朝来たちが普段食べている料理はどれも繊細に描写され、本当に読んでいるだけでお腹がなります。またゲストに合わせて、雪夏がピアノで、時にゲストがハープで、また朝来が雪夏とセッションする形でチェロで演奏する音楽は、文面から音が聞こえてきそうなほど。Youtubeなどで音源を探して、音を聞きながら本作を読んでみるのも一興です。

それぞれのゲストや朝来が常庭を離れる際、彼らの心が常庭で満たされたと同時に読者である私の心も満たされて、目頭が熱くなるシーンが何箇所もありました。そしてコーヒータイムになると何処かからフサヱさんの声が聞こえてくるんです。

「さあ、珈琲を淹れたわよ!」


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