ミーハーに見えて実は一途
会社の一言自己紹介で「ミーハー」と書いたり、Twitterのbioに自ら「ミーハー」と書く程度にには、ミーハーという自覚がある。周囲の友人も「最近話題の~~については、たぬくまに聞けばわかる」という認識を持たれており、事実、大体答えられる(ただし、情報はワイドショーレベルのかなり浅いものではあるが)。
いま好きな有名人を挙げてみてもジャンルはバラバラだし、1年前とはまったく違うラインナップになっている。そもそも、1年前はyoutubeも観ていなかったし、Twitterもしていなかった。入ってくる情報が変わってきたことも、大きな要因の一つだと思う。
わたしは7年ほど前に結婚し、5年ほど前に離婚した。
結婚や離婚の詳細はここでは語らないが、この経験およびミーハーであるという自覚から、「1人の人を長く愛せない性分なのでは」「いったい自分はどういう人にひかれるのか」「誰でもいいのかよオイオイ」と、我ながら呆れていたし、コンプレックスがあった。幸いミーハーなおかげで趣味も友人もそれなりに多いため、一人暮らしは謳歌出来ている(むしろ忙しいくらい)。
しかし、自分が好きな有名人たちのことをよくよく見つめてみて、一見バラバラな彼らにも共通点があることに気づいた。
好きな有名人はたくさんいるけど、ここ数カ月で特に熱が上がったみなさんは、例えば以下。わたしのTLにもたびたびご登場いただいている(勝手にRTしてるだけ)。
・かまいたちのお二人(言わずと知れたお笑い芸人)
・ALL YOURSのみなさん(アパレルブランド)
・sinfoniaのみなさん(若者アカペラグループ)
・BTSのみなさん(言わずと知れたK-POPグループ)
書いていて改めて、見事にジャンルバラバラだな…と再確認しつつも、下記の共通点に気づいた。
共通点①根がとにかく真面目
共通点②常に思考を止めず、前に進む姿勢
共通点③お互いをリスペクトしあっている(≒仲良し)
共通点④各個人がソロ活動可能エース揃い
①は、自分がそうだからシンパシーを感じるのだと思う。上司からも「真面目過ぎる」「一回くらいずる休みしろ」と怒られることがあり、理不尽を感じる。一回ずる休みしてやろう、と思ったが、結局できないまま今に至る。
②③は、先ほど、結婚や離婚の詳細はここでは語らない、と書いたばかりだが、少し語ってしまうと、結婚はなんとなくだったし、離婚は相手のことをリスペクトできなくなったことが一番大きかった(えらそうな書き方だが、お互いそうだった)。そして、友人をそうした基準で選んだことはないが、それでも見つめてみると、何かしらの点でみんなを尊敬していることに気づく。そして、自然と離れてしまった友達とは、どこかしら対等ではなかったように思う(このあたりはまた別途書きたい)。
④は、わたしは仕事における理想のチーム像に、『HUNTER×HUNTER』幻影旅団がある。ブラジルサッカーもそう。一見バラバラに自分の考えで動いているように見えて、目的は一つ。個人プレイで魅力爆発させつつも、その目的のためのチームワークは抜群(④の前提にはもちろん③が欠かせない)。
わたしの座右の銘は「何事にも理由がある」である。
もしかしたら理由がないこともあるかもしれない。しかし、大体のことはなんとなく、と言いつつ理由がある。一見意味のなさそうな街中の物体にも、意味がある。新人時代、先輩から「席を立ってその場を離れるときは椅子を引け!」と怒鳴られてキレられたが、車いすの同僚が通る際に椅子が邪魔になることを気遣っての言葉だった。
自分のことを「ミーハー」と自称するのには、これまでは”新しいもの好きで流行に敏感”で…といった比較的プラスの意味よりも、”節操がなくて飽き性で集中力がなくて八方美人で…”と自虐的な意味が強かったように思う。しかし、よくよく見つめてみると、好きになるポイントは一緒であり、そのポイントは自分と共通していたり、自分の目指す姿であることに気づいた。
自分はたしかに「ミーハー」ではあるが、自虐的になる必要はないのだ。何でもかんでも”好き”になるわけではなく、”好き”という感情に対してはむしろ一途といっていい。わたしは、ミーハーに見えて実は一途なのである。
これからも、わたしは自己紹介の際には前向きに「ミーハーです」と言い続けるし、Twitterのbioにも「ミーハー」と書き続ける。
どうぞ、よろしくお願いいたします。