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「日々、」 #6 頬の風と、春の光

もう5年以上前の、あれは確かな春だった。
その春に似た風の温かみが、今の僕の頬を撫でていた。

天気予報士がテレビの向こうで桜前線を追いかける日に、遅くなったけど僕は重い腰を上げてみて、若干の病み上がりの首をさすりつつ、数年ぶりに読めるようになった本の山を押し出した。
書類に必要事項を書き込んで明らかに出遅れていて締め切りギリギリの簡易書留を速達で送った。

つい3日ほど前、僕はとある通信制芸術大学の願書を提出してきた。
長かった体調不良がだいぶ改善されたため、学びたい気持ちが出てきて大学への進学を決めた。

写真に活かせる事を学ぶのはもちろん。将来ギャラリーをやりたいという目標のためにというのも大きい。自分はいろんな作家やギャラリストに出会ってきて、その両方に憧れや感謝を抱いた。

そしていつしか、「作家の一番の理解者でありたい」と思うようになっていた。

でもそのための第一歩というほど月面着陸のようなものではない。

なんだか随分と大学に入るまでに回り道した気がするが、家で寝ている間に考えていたことも些か無駄にはなってないし、見た映画も、歩いてみた展示も何一つ無駄になってない。本当に無駄なことは人間忘れてしまうものである。

そう考えてみると生きて歩いてる中のなんら変わりない一歩なのかもしれない。

ただ特別なのは、あの頃と同じ頬の風の温もりと、春の光だけだった。



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