再構築。

幼稚園児の私は

とある身体の大きい男児に
「お前の家って母さんいないんだろ?」と迫られてからというもの、その男児が怖くてとても苦手だった。

母親がいない。
それは参観日や親子参加のイベントなどに祖母しか顔を出さなかったから幼いながらに「あの子は母さんいないんだな」とわかってしまうから仕方ない。ただ、興味本位というか、悪い気にさせるつもりはあの男児にもなかったのだろうけど…。

ある親子行事の時に父ジュンが参加する事になった。

期待はしてなかった。
来てくれたらラッキー程度。

内容は親子で運動してコミュニケーションとろうぜ!!みたいなやつ。

来たんだよね、ジュン君。

びっくりした。嬉しいよりびっくり。

最初に先生達が説明するのに前に立って一生懸命子供達にも分かりやすいように話してくれてたから、私は先生の話を真剣に聞いてた。

「さぁ、じゃあお母さんお父さんとやってみよう!」ってなった時には隣に父ジュンの姿がなかった。

びっくりした。笑

いつの間に消えたのか、会場見渡してもいないのだ。

「どうせいなくなるなら最初から来ないで欲しかったな」そんな事を思いながら
そのあとは先生とお手本をみんなに見せる係にされたのだった。

行事が終わり、帰宅して
祖母に父が途中で消えた事を話した。

呆れる祖母、お小遣いを握らせ駄菓子屋に行っておいでと言う曾祖母…

お小遣いを握りしめて、ぷんすかしながら駄菓子屋にいった。

駄菓子を選んでいるうちに気持ちが落ち着いてきて、買った駄菓子を食べながら家に着く頃には父の事は忘れていた。

夕飯を3人で食べていたら
玄関が開く音がした

父ジュンの帰宅。

「おい!たぬ!見てみろー!いっぺぇ魚釣れたんだ!」

嬉しそうにクーラーボックスを開けて釣った魚を見せびらかす父ジュン。

私は父に怒っていたことを思い出して不機嫌になる。

「おめぇ、なんで頬膨らませてんだぁ?これフグじゃねぇぞー?」

おめぇは悟空か。なんだその喋り方は。

祖母と曾祖母が
お前いいかげんにしろ、子供の心を傷つけるんじゃないよ…と小一時間説教してたけど
ジュンはそれを背中で聞きながら台所で釣った魚を唐揚げにしてた。

この人ダメだ…。


そんなジュン君にも実は彼女がいる。
年下のバスガイドさん、しかも美人だ。

ふざけんな。

私はその彼女、ヒロミ姉ちゃんが大好きだった。

綺麗で、優しくて。

でもただの「お姉さん」だったけど。

今思えば、当時の私の誕生日のケーキ毎年用意してくれてたのヒロミ姉ちゃんだったんだよね。今思えば…。

お母さんってものを知らないで育った私に
年長さんになる年の元旦、事件が起こる。

元旦の朝に届いた複数の年賀状

その中に「お元気ですか?」の一言が添えられた写真付きの1枚。

その写真には知らない女性と男性、そして赤ちゃんが写ってた。

「これは誰から?」知らない人が写ってたものだから私は祖母に尋ねた。

どれどれ、と笑顔でその年賀状に目を落とした祖母の表情が一瞬で引きつったのを私は忘れられない。

「ねぇ、だれからなの?」

もう一度尋ねると祖母から衝撃の一言。

「……あんたのお母さん。」

それはそれは衝撃的だった。
だってお母さんは死んだと聞かされて
それを信じてたから。

でも
写真を見て、その写ってる3人が「家族」って事は幼稚園児にもわかったんだ。

だから
「そっかー。生きてるんだお母さん。」
って言ったあとは何も聞かなかった。

ここからは大きくなってから祖母が話してくれた事だけど、その夜、私が寝たあと父ジュンに母から来た年賀状を見せたら何も言わずに破り捨て「たぬはこれを見たのか」と聞いてきたそうだ。
私が最初に見つけて誰か聞いてきたから思わず母親だと言ってしまった事を言ったら「わかった」と一言、部屋に篭ったと。

その一件からポロポロと母エミコの話を私に親戚や祖母、父が話し始めた。
ちゃんと聞いたのは中1だったけど。

小学校に上がる少し前に
父ジュンの借金がまた発覚し
家を借りてる余裕もなくなり

なぞにトイレが3つある借家から引っ越す事になる。

父はヒロミ姉ちゃんと

私は祖母、曾祖母と3人で叔母と従姉妹が暮らすマンションでお世話になる事に。

これも後で聞いた話だが
叔母は私達3人が引越してきても手狭にならない広さの部屋を借りていた。それは、またジュンがやらかしたとしても私達3人を受け入れられるようにと先を見越した事だった。

私はそのマンションから小学校へ通う。


そしてまた奴はやらかす。

小学時代はまた後で…