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タイは若いうちに行け

1999年

アンゴルモアの大王が来ることもなく、世界はそれなりに平和にまわっていた。日本ではimodeがはじまり、GLAYが20万人ライブをおこなった。

アムラーが渋谷に出現し、ボクが暮らしていた大阪では空前の古着ブームがおこっていた。ブラックジーンズをブリーチし、ペイズリーのシャツを羽織り、大きめの靴(29cmとか信じられないよね)を履く。

渋谷系、ミニシアター系など流行りに流行りまくった。フリッパーズギター、ピチカート・ファイブ、カジヒデキ、BUFFALO66、ラン・ローラ・ラン、恋する惑星、フォンカーワイ、浅野忠信、言い出したらキリがない。TVの中では桃の天然水がひゅーひゅー言っているし、いしだ壱成が海外旅行に行けと促す。とにかく、次から次にでてくるニューウェーブに身を委ね1999年を泳いでいた。

20歳目前のボクが旅に出るために並べた理由なんて、ノストラダムスの予言より信憑性がなかった。

ある日バイト終わりに帰ってきて、なんとなくテレビを観ていたら「さぁ、いまから象に乗って遺跡を周ってみましょう」と聞こえてきた。「そうなんや、遺跡って象で周ったりできるんや・・・」

「ん?象に乗れる?」

imodeが搭載された最新式の携帯電話の呼び鈴はいつもよりも短く2コールででた。

「もしもし、アキヒデ?どしたん?」えっくんだ。

「あのな、いますぐパスポートとってタイに行けへん?」

「ええな!ほな行こ」

近所の銭湯に行くみたく、タイ旅行は即決された。初めての海外旅行だ。

次の日、格安チケットをインターネットで探す。あった。往復チケットのみで5万円を切る。これまた即決。

宿泊場所は、とりあえず何かの旅行雑誌に載ってたバンコクのホテルに電話した。バイト前、南海難波高島屋駅前の電話ボックスからだ。高島屋からはイイ匂いがして、難波駅前ではライブのチケットを手売りする吉本芸人がうろうろしていた。だから、いまでも百貨店のイイ匂い(たぶん化粧品?香水?の匂いだろう)がするとタイを思い出してしまう。

それから、パスポートを取得し、タイへ行ったのは電話をかけてから約1ヶ月後のことだ。

出発前夜。

関西国際空港に近いということで、えっくんのアパートに泊めてもらった。高揚と緊張からか、2人は熱を出した。これはヤバい。体調不良で初めての海外旅行とかありえへん。しかも、タイ。当時のタイはHIV感染が拡大していて、それを聞いたボクたち2人は完全にびびっていた。今日中になんとか治さないと。選んだ晩ゴハンは「焼肉」しかも食べ放題。肉を食べて寝たら治ると後のONE PIECEで描かれてたわ。食べられるだけの肉を食べ、銭湯で温まり、就寝。いよいよ明日5時起きでラピートに乗って関空、そしてタイへ。うとうとしていると、何やら声が。えっくんだ。どうやら寝れないのか、不安なのか、彼女に電話している。聞いたこともない甘い声だ。気になって寝られへんわ。やめてくれ。「熱が出てしんどいねん」とか知らんわ。こうして夜がふけていった。

昨日の熱が嘘のようにスッキリし、朝を迎えた。

ラピートに乗り、関空へ。タイ国際空港の飛行機に搭乗し、いざタイへ。機内では、タイの雰囲気を味わうべくグリーンカレーにした。ココナッツの香りがボクたちをタイへを導いた。

スワンナプーム国際空港到着。タイは微熱を帯びていた。夕日の中に佇むボクたちを湿度とタクシーの勧誘が出迎えた。「No thank you! We wanna WALK!!!」を合言葉にホテルまで歩くことにした。どんな暮らしをしているのか、町の人の生活はどんななのか、地元でしか食べられないものってなんなのか、そんなことを体験したかったからだ。

えっくんが、屋台に立ち止まる。あたりを見ても大きなリュックを背負っているのはボクたち2人だけた。観光地ではない。「コップンカー。プリーズ」といって黒胡椒たっぷりのつくね棒のようなものを買う。主人が1つ手に取ると、黒胡椒がほとんど飛んでいった。蝿だ。蝿なのか。蝿だ。蝿がびっしりついている食べ物を売るなんて!衝撃すぎた!一口たべてみる。食べられなくはないが、といった味だ。

つくね棒といろんな感情をかみしめつつ、ホテルに到着。

ボク「I’d like to check in. I have a reservation.My name is アキヒデ.(アキヒデというものですが、チェックインをお願いします)」

ホテルスタッフ「Muuuu. I'm afraid I can't seem to find your name.(えーーーっと。今夜の予約にお客様のお名前がないのですが。)」

え?!ほんまに?もう頭真っ白よね。たしかに難波高島屋の前の電話ボックスから国際電話をかけて予約したよ?「OK,thank you」とか言って電話きったやん!

ボク「Do you have any rooms available from tonight?(今晩泊まれる部屋ってありますか?)」

ホテルスタッフ「Sure!(もちろんでございます)」

よかったーーー。はじめての海外旅行。期待と興奮と少しの不安と往復チケットを握りしめた19歳の1日目にはハードだった。チェックインし、荷物を部屋において近くのマーケットに買い出しに行くことにした。町を歩けばタクシーの「乗って行け!」勧誘、コールガールの勧誘、これがバンコクの夜だった。緊張と疲労で結局は近くの”見慣れた”セブンイレブンで買い物をすることにした。Dr.pepperを買ったのはせめて海外感をだしたかったからだ。

再びホテル。

部屋で昨日からの出来事をあーだこーだとしゃべってると、「traditional massage」の文字が。「タイ式マッサージをうける」というものこの旅の目的にしていたボクたち。さっそくフロントに電話した。5分もしないうちに待ってましたとばかりに、めちゃくちゃ力が強そうな腕の太いおばちゃんが到着した。

おばちゃん達「タイ語」

ボク達「(笑顔で英語と日本語まじりでなんとなく会話)」

みんな「わっははーーーー」

お、なんかイイ人たちやん!マッサージはそれほどでもなかったけど、これが地元の人とのコミュニケーションやん!なんて思ってたら、

「ピンポーーーーン!」

ボク「誰やろ?」

えっくん「なんか他にも頼んだ?」

ボク「いや、頼んでないぞ」

「ピンポン、ピンポーーーーン!」

おばちゃん「タイ語(たぶん早く出ろ的なことを言っている気がする)」

ドアの小さな覗き窓をみると女の人が立っている。

えっくん「もしかしたら、コールガールかも。さっきおばちゃんとの会話の中にコルガルみたいな言葉が出てきたかもしれん。ほんで、イエス、イエスみたいに言ったから呼んだんかも。電話してたし」

ボク「YESなんてそんな簡単にはっきり言ったらあかんやん。もーー」

もしかしたらではなく、ぜったいソレ!確実にソレ!コールガール来ちゃったよ。無理無理!ぜったいに無理!ピンポンの音がボクらを焦らせる。向こうもせっかくお客に呼ばれたもんだから引くに引かんわな。「何が何でも稼ぐぞ」って感じだよ。

ボクをマッサージしていたおばちゃんが立ち上がり「チップくれる?」的なことを言った。「余分にチップくれたら追い払ってあげるよ」みたいに言っていたはず。食い気味に「YES!!!」とはっきり言った。

その時のおばちゃんの背中。宇宙に飛び立つアルマゲドンのメンバーみたいにかっこよかった。ブルース・ウィルスだ。

ものすごい剣幕でコールガールと口喧嘩。「帰ってくれ!」「いや、電話もらったしそんなん無理」「いや無理ってのが無理」「でも頼んだんはそっちやん?」「そんなのは知らん、帰って」とか何とか言ってたと思う。知らんけど。ウルトラマンが怪獣をやっつけるよりも早くコールガールをやっつけ、おばちゃんは帰ってきた。めっちゃ笑顔やん。その笑顔が怖かったのをいまでも覚えている。余分にチップを払ってトラディショナルマッサージは終わった。

ボクたち「簡単にYESなんて言ったらあかんのやな。日本人はへらへらしてるからいろんな人たちが寄ってくるんかも。。。」と反省。

ここまでが、出発前夜と1日目のお話。次回はいよいよ象に乗るのか、乗らないのか、乗れるのか。

(高橋久美子著:旅を栖とすに愛を込めて)


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