ユートピアについて その29

カンパネッラ『太陽の都』概要

 トンマーゾ・カンパネッラの『太陽の都』は1623年にフランクフルトで出版された。はじめはイタリア語で1602年に書かれ、何度か改稿を経て1611年頃に現在知られた形が成り、イタリア語圏の外での出版となったことでラテン語に翻訳され印刷された。このラテン語版も改訂されて、決定版とされているものは1637年に至ってパリで刊行されている。岩波文庫の大きめの文字で100ページ程度という短いものであり、フランクフルトでは『政治学』の補遺として、パリでは『実践哲学』との合本の形で刊行された。17世紀前半のことである。
『太陽の都』は世界中を航海してきたジェノヴァ人の船乗りが故郷イタリアの騎士に自らの見聞を語るという形式の対話編である。対話篇というもののほとんどはジェノヴァ人による理想国の紹介に費やされる。理想国「太陽の都」があるのは「タプロバーナ島」という東洋の島で、セイロン島ともされているとしたうえで、訳者の近藤恒一はこれをスマトラ島だろうと推定している。欧州から遠く離れた場所に理想的な国家・社会があると想像されている点で、本書はモアの『ユートピア』と同様の構えをとっている。『太陽の都』は大航海時代を背景としたルネサンス・ユートピアのひとつである。
「太陽の都」はタブロバーな島の丘の上にあり、七つの円形の周壁を持っている。その中心部には神殿があり、列柱で囲われた半円形の天蓋には北半球の、神殿の中心に置かれた天球儀には南半球の星空が描かれて、全天の星を把握することができる。列柱で支えられた神殿の二階部分には学者を兼ねた聖職者たちが住んでいる。かれらはまた同時に「太陽の都」の文官でもあり、かれらを束ねるのは「知恵」と呼ばれる副統治者である。副統治者は他に軍事を担当する「力」、人口の再生産を担当する「愛」がおり、かれら三人の上には統治者である「太陽」がいる。「太陽」は「形而上学者」とも呼ばれ、ありとあらゆる学識に優れているとされる。
 太陽の都の住民は学識を、それも書物ではなく実際に実地に学んで得た知識を重要視する。市民は誰でも、数学、世界の地理と諸言語、鉱物学、水理学と気象学、植物学と動物学、技術的学芸と立法・発明……といった様々の知識を学び、その中から特に秀でた者は文官となり、推薦を経て「太陽」となる者もある。皆勤勉であると同時に肉体的にも健康でありタブロバーナ島にあるほかの都市や君主国とも度々戦争をして、これによく勝利しているとジェノヴァ人は語っている。知識を、それも書物から得た知識ではなく実際に学んだことを重視するという点、また勤勉と肉体的健康をどちらも重視する点で、カンパネッラの「太陽の都」は多分にルネサンス的な特徴を持っている。

魔術的理想国――本文から見る

 書物ではなく自然から学んだ学識を重視するという点で言えば、それはベーコンの『ニュー・アトランティス』にも通ずるものである。ただし『太陽の都』はそれ以外のものも含んでいる。「太陽の都」はその学識の中に占星術や魔術を組み込んでおり、またジェノヴァ人の語りにも多分に占星術を是認するようなところがある。
「太陽の都」の七つの周壁には、外側と内側に様々な学問上の知識が描かれており、市民はまずこれを眺めて多くの事柄を学ぶ。その知識の中には、例えば次のようなものがある。

 第三地区の内側の周壁には、世界中のあらゆる草や樹木が描かれていますが、防塞の上に並んだ素焼きの鉢には実物もいくらか植えられており、それぞれの原産地や効能のほか、それぞれの草木と星や金属や人体各部との類似性、草木の薬物としての使用法も説明されています。

カンパネッラ、近藤恒一訳『太陽の都』岩波文庫、p. 19.

 現代の自然科学的知識に照らせば、原産地や効能、薬物としての使用法といった項目は変わらず重要だとしても、「星や金属や人体各部との類似性」といった文言はいささか不似合いである。
 また、性生活、人口の再生産に関する節では、男女には個々に決まった「性交すべき時刻」(p. 39.)があるとされ、それは「水星と金星が、太陽より早く地平線に昇って幸運な家に位置し、さらに木星・土星・火星と良い星相(アスペクト)にあるような時刻」(p. 40.)である。さらに付帯事項がある。

太陽と月は、しばしば寿命星となるので、やはりこの三つの惑星と良いアスペクトになければなりません。かれらはたいてい、処女宮が第一の家にあることを望みます。しかしまた、土星と火星が天球の角に位置しないよう十分に注意します。なぜなら四つの角はみな、相互のアスペクトが衝か矩になって、悪い影響をおよぼすからです。しかも、まさにこの四つの角には生命力と運命の根源があり、そしてこの根源は〔宇宙の:訳者注〕全体と諸部分との調和に影響を受けるのです。惑星の同伴現象は考慮されず、ただ良いアスペクトだけが考慮されます。

ibid.

 家、相、角、衝、矩はいずれも占星術上の術語である。
 占星術上の吉凶は「太陽の都」の建設にあたっても考慮された。

……かれらが都を建設したときも、世界の四つの角に固定宮を配しました。そのとき〔ホロスコープでは〕、太陽は第一の家にあって獅子宮に位置し、木星も太陽より早く地平線に昇って獅子宮に位置し、そして水星と金星は巨蟹宮にあり、しかも二つが接近して相乗的にその影響力を強めていました。火星は白羊宮にあって第九の家に位置し、その家から見て、第一の家と寿命星にたいして良いアスペクトをたもっていました。月は金牛宮にあって、水星と金星にたいし良いアスペクトをたもち、太陽と矩にならないようになっていました。土星は、火星と太陽にたいして悪いアスペクトにならないで第四の家にはいろうとしていました。
「幸福点」が[メドゥーサの頭」とともにほとんど第十の家にあったので、太陽市民はみずからの主権・安寧・偉大を予期したのです。そして水星は、処女宮と良いアスペクトにあり、またその遠地点のある三角宮に位置し、月に照らされていたので、悪い影響を与えるはずがありませんでした。しかし、このように水星が良い位置にあったので、かれらは学問的にそれ以上のことは詮索せず、水星が処女宮に入ったり合になったりするのを待つことにはほとんど関心がありませんでした。

同書、pp. 69-70.

「幸福点」やはり占星術上の術語である。「太陽から月までの角距離を、第一の家の初端から十二宮の順番の方向に(左回りに)とった地点」(訳注、p. 128.)を意味する。「メドゥーサの頭」はペルセウス座ベータ星の食変光星アルゴルであり、ペルセウスが持つメドゥーサの頸に見立てられる(ibid.)(なおアルゴルの名はアルタイル等と同じくアラビア語に由来し、10世紀ごろに西欧に流入したらしい。アラビア語圏ではラース・ル=グール「食屍鬼(グール、喰種)の頭」と呼ばれていたものが、西欧では後半の(ア)ル=グールの名で呼ばれることとなったようである)。
 対話篇『太陽の都』全体を見渡すと、語られる「太陽の都」の種々の要素のみならず、それを語るジェノヴァ人の意識にも、占星術的世界観の影が色濃く落ちかかっていることが窺える。曰く、女性宮(十二宮は女性宮と男性宮のいずれかに分類される)である巨蟹宮の影響によって、現代の詩人アオリストは『狂乱のオルランド』冒頭で真っ先に女について歌い、西欧の政治においても女性の統治者が多く出現している。のみならず、「木星と太陽の影響によって」アフリカとアジアにキリスト教が、「月の影響で」アフリカにはスンニ派イスラームが、「火星の影響で」ペルシアにはシーア派イスラームが浸透した(p. 104.)。「ドイツ、フランス、イギリスには、火星と月の影響によって異端が」(p. 105.)、つまり新教が起った。これら一連の「法の大改変」(p. 104.)もまた、吉凶の兆しに関する占星術的な体系に準ずるものであり、「太陽の都」の市民は占星術についてジェノヴァ人に多くを教えたらしい。
「太陽の都」市民の占星術に対する関心や、ジェノヴァ人の語る世界観からは、理想的な国家・社会の構成には占星術的配慮が必須であるという論点が窺える。星々、とりわけ惑星(そして月と太陽)は、まず人間の肉体に、そして人間が住まう都市に影響を及ぼし、ひいては世界の歴史、諸宗教の趨勢をも支配するとされる。
 ルネサンス的思想家の常として、カンパネッラは書物からではなく自然から学ぶことを重視した。ただし、カンパネッラの考える「自然」は現代の自然科学的世界観に慣れ親しんだ人間が考える以上のものを含んでいた。カンパネッラにとって、諸惑星は各々固有の性質を持ち、同様の性質を持つ地上の諸物と近しい関係にあった。そうした宇宙において人間の肉体的・社会的生活をより良いものにするために、カンパネッラはしばしば星々の力の人間への影響を読み取ろうとする占星術、ひいては占星術的実践の妥当性を擁護する魔術理論を動員した。
(また、太陽の都の七つの周壁という形象は、七つの天球という古典的宇宙観を強く彷彿させる。ジェノヴァ人は「太陽の都」には七つの環状地区があり、それぞれ惑星の名前が付けられていると語っている。訳者の近藤はわざわざ述べていないが、これは水星、金星、地球、火星、木星、土星に月を足した七つだろう。中心にある神殿が太陽を象徴する。)
 カンパネッラが採用したルネサンス期の占星術・魔術理論については、専ら精神史的な内容になるため、稿を改めて来週末の更新を予定する。カンパネッラが故郷南伊カラブリアで企図した反スペインの叛乱、一種千年王国的な政治的社会的精神的変革の試み(こちらは文学的ユートピアの『太陽の都』と異なり実践的ユートピアの感がある)についても後述する。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?