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清水寺顔パス界隈ではラジオ体操が盛ん

先日、京都に1人で旅行に行って思ったこと。
人は1人では生きていけないというのはよく言われることではあるが、改めて気付かされた。

清水寺の景色は検索すれば誰でも見れるし興味が無いと言ってしまえばそれまで。
でもなんとなく訪れてみたら発見はたくさんあった。

もし「清水寺なんて写真で検索すりゃあ見れる景色でしょうよ」といかなかったら
「京都市内は一日券を買って移動した方が安い」
「清水寺には6:00から入れる」
「6:30から阿弥陀堂の前でラジオをする人達がいる」
「寺務所の人達はどうやらおはよーさんろくさんという挨拶をする」
「滝の水は飲み水じゃなくて本当は打たれるためのもの」
といったどうでもいいようなことや、甘く見立てていた12月の京都の寒さを知ることもなかったし、真っ暗な清水寺の景色も見れなかった。

知識として知っていることと、実際にやってみて感じることは少し違う。

例えば清水寺への行き方一つとっても案内板を見てわかった気になって進んでも、寺務所の人にあっちだよとか言ってもらわなければ気づかず変なところに行ってしまっていた。

結局私には何をするにも助けが必要で、そのことを忘れてはいけない。
だから、自分も可能な限りで周りの人を助けて、手伝っていきたい。

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