こいつは何だ
あれから何が起きたのかは分からないまま、ぼくは家を出てフラフラしていた。たどり着いて見つけた駅前にある地味な漫画喫茶で、2日ほど泊まった。せまい入り口から階段を上がって、フロントに近づくと地味な男が出てきた。この24時間営業の漫画喫茶は雑居ビルの2階から4階までを所有している。どのお部屋がいいですか?と地味なフロントは訊くと、ぼくは、どこの階がいちばん空いていますか?と訊いた。すらとその男は、そうですねぇ、結局どの階も同じなんですよぉ、と頭をかきむしりながら言った。では、4階でいいですよ。と僕は言った。1時間ごとに200円のシステムだ。4階まで上がって、番号どおりの個室に入った。この階は、人はいなさそうだ、と思ったがだれかが鼻を啜ったので人はいるようだ。約畳一畳の個室でパソコン画面を前にして、特に何もやることがなかった。
1時間すると、1時間ごとに料金が加算される感覚を意識した。タイムイズマネーだ。気がつくと、もう風呂に入る時間だった。古ぼけたこの漫画喫茶には風呂だのシャワー室だのが無い。ここに来るまでに小さな温泉を見かけたことを思い出した。ぼくは4階から階段を降りて、その温泉屋に入って行った。常連客のように入店して、肩までつかる温泉は、いたってふつうの湯な気がして、気持ちも休まらなかった。しばらく湯に浸かっていると、いつのまにか馬のかぶりものをした何者かが、となりに座っていた。
奴は、あの追い出しコンパで一気に場をかきみだした男だった。裸のままおれの隣にすわっていたが、なにか違和を感じた。顔は馬なくせに肩から下ははかっぷくがよく鍛え上げられた体つきをしていたからだ。ケンタウロスは、へそから下は馬だった。ならば、この何者かは、顔だけ馬だから逆ケンタウロスではないか。ぼくののほせる頭では、自然とそう考えるようになった。
初対面をよそおってぼくは逆ケンタウロスと、裸の付き合いをして、以下のような世間話をした。
「ナゴヤドームからバンテリンドームに名が変わっても、なぜ地下鉄はナゴヤドーム前矢田のままなのか?」
後楽園が、東京ドームに変わっても、駅は後楽園のままと同じような感じでしょ?、と俺はそう答えると、逆ケンタウロスは、いやいやそれは違うんだよ、と、こめかみに指を押さえて、真剣な目つきでこちらを向いてしゃべりだした。あれは、”ナゴヤドーム”というのが市民に親しまれている愛称だからなんだよ。バンテリンドームに変わっても、市民の呼び名は、ナゴヤドームのままなんだ。野球場の名に、ナゴヤがなくなるのはさみしいだろ?そう大村知事じゃなくて、河村さんも嘆きそうなことじゃないか。
そう言い残して、彼は湯船から立ち上がった。
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