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Day3 #30daysongchallenge
夏を思い出させる曲。
『まなつのまじっく』/花柄ランタン
#30dayssongchallengeで、春夏秋冬の夏だけ取り上げられているのは、なんでだろう。夏にしかないなにかがあるからだろうか。
なんて考えていたら、夏にしかないなにかを歌っている曲を思い出した。
この曲を聴いていると、真夏に起こった2人のひみつを、少しだけ垣間みているかのような気分になる。
2人だけにしかわからない情景。だけど、2人とっても不確かな一夜。まほうにかかっている間しか見えない朧げでかすかなまたたきに、音がついたみたいな曲。
不確かだからこそ、確かにそこにあったことを確かめるような歌詞。記憶の断片を拾い集めるかのように歌う。
胸高鳴り 不意に走り 知らない世界の裏側へ 流れる星は裸足
風がなびき 髪を揺らし 海岸通りの流れ星 走るせなか
防波堤の 上に立って 空と海のきわを探し 見つめるその眼差し
少し不思議 夏の香り 2人のまなつのまじっくが 消える前に
裸足、髪、背中、眼差し。確かめるからこそ儚い。不確かなのは、記憶なのか、存在なのか、2人の関係なのか。
夜の部屋を抜け出して、浜辺へ向かう。
そんな一幕があったなら、ドラマチックな何かを期待するけれど、
「何も起こらない 映画みたいな 愛よ愛よ」と歌う。
なんにもなかったことが起きていた。その切なさと美しさを歌にするとしたら、こんな音楽になるんだろうか。
「もっと最低でもっと最小に言葉をください」
という歌詞に、愛への畏怖みたいなものを感じる。
幸せ⇄不幸せ、非日常⇄日常、みたいな二元論では収まらない、人の心の歌だなあと思う。
まだ答えが出ていないまま書いてしまっているけれど。
「まともなあいのま まほうのあいのま」
という歌詞の意味をずっと考えていた。まともとまほうはどう違うの。
最後の一節が
歩いて帰ろう暖かな暮らし
歩いて元どおり
と、歌っているのだけど、どうしても、それまでの不確かで、美しすぎて不穏ささえ帯びている雰囲気と、”暖かな暮らし”が、いまいち結びつかない気がしてしまう。
帰っていく2人はまじっくが解けた2人なんだろうか。2人は同じところに帰るんだろうか。元どおりになれるんだろうか。
波の音だけが、ずっと変わらず鳴っているのは、安心感のような切なさような、どっちにもとれるから、心が静かにかき立てられる。