本質的自己を取り戻すために

社会的なこと地上的なことをやり切り、思い残すことは何もない、となることが、輪廻からの脱出において必要不可欠だと言えますが、目標を設定して、それを達成しなければいけないとか、反対にどこかで挫折しなければいけないというわけでもありません。

社会人になりたての頃、選択し決断し様々な体験をしていくことは、自分を知り世界の真理を知るためなのだと考えていて、その着地点が存在することもなんとなく知っていて、どう生きるべきか日々模索していましたが、これは進化の過程と言えるものです。社会内自己を完成させるためというより、本質的自己を取り戻すため、バラバラになっている自分を回収する作業です。自分のものになっていない自分があるというのは、自分がバラバラになっているということで、何を選択し、どう考え、何を見出すかに生きることよって、欠けたものを回収することができます。どういう結果を残すかではなく、何を見出すかが重要だということです。

大学生の頃出会った友達は、ずっと連絡を取ることがなくても、たまに話すと同じような真理に辿り着いていて、人が生きるというのは正道という一つの道があり、その道での体験の詳細は人それぞれであると実感したものです。社会内自己から本質的自己へと切り替わるときがあるというより、これまでのすべてのことが本質的自己を取り戻すためのものです。 誰に教えられたわけでもないのに、惑星を回収していたんだと今になるとわかります。

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