喪黒福造はいない

「Bar魔の巣」のマスターは退屈していた。
平凡でなんの刺激もない毎日に倦んでいた。
何かとんでもないことをやらかしてスカッとしたい。
誰かの不幸を眺めてニヤニヤしたい。
でも、自分の手を汚すのは嫌だ。平凡でつまらないとは言え、今の自分の生活を壊すのも嫌だ。
子供はまだ中学生だし家のローンだってある。
今の生活を変えることはできない。

ということでマスターの妄想の中で作り出したのが、喪黒福造だ。
マスターは喪黒を操って黒い欲望を秘めた大人に近づく。
まず彼らに甘い汁を吸わせる。
そして調子に乗ったところを一気に叩き落とす。
酒や女や金にだらしない大人をとことんまで突き落とす。
人間が地獄へ転がり落ちていく様子を、喪黒福造というフィルターを通して自分は安全な場所から眺める。
その快感に酔いしれたマスターは、最初に決めた「自業自得」というルールすら無視して暴走する。
自分以外の誰かをなんの理由もなく地獄へ叩き落とす。

これが「喪黒福造の本体はBar魔の巣のマスター」説だ。
monoral zombieのタナリュー氏がそれを唱えていた。
僕はこの説に激しく納得してしまった。

藤子不二雄Aの「笑ゥせえるすまん」は、基本的には自業自得で人生を転落していく人の話だ。
それを見て読者は「かわいそうな結末ではあるけど、まあ、自業自得だわな」と思うわけだ。
たまに自業自得でもなんでもなく、ただただ喪黒にハメられてすべてを失ってしまう回があった。
これ系のは読んでて「ムチャクチャじゃないか!」って思ったしムナクソ悪かった記憶がある。

が、「喪黒福造の本体はBar魔の巣のマスター」説を知った今では、そんなムチャクチャな話も納得できる。

ムチャクチャやってるけどこれはマスターの妄想に過ぎず、現実には何も起こっていない。
ただただBar魔の巣の中に静かな時間が流れているだけなのだ。
喪黒福造は、いない。

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