田中母方

田中母方

マガジン

  • 名前をつけて保存する

    観た作品に自分なりの名前をつけて保存していきます。

最近の記事

意味をつけてやるー『怪物』

 上質な映画だった。とにかく、各セクションの仕事ぶりが素晴らしいものだった。「仕事ぶり」なんて言葉を使いたくなるのも、その素晴らしさが破天荒なそれではなく、あらゆる要素が高度な形でバランスをとった、質実なものだったからだ。例えば撮影は、登場人物の感覚を生々しく共有できるような「見やすさ」と、理屈抜きに見惚れてしまうような「美しさ」を両立させている。例えば脚本は、登場人物たち其々の行動が驚きと納得の境界の、「そこまではしないだろ」と「そうなっても仕方ない」のあわいの絶妙なライン

    • 弱い骨ほどよく刺さるー『地上の骨』

       とあるオフィスの一室で、一人の中年男性社員が作ってきた小魚の佃煮を食べた同僚たちがなぜか続々と魚になっていく。  一方当の男性社員は、小魚の骨がのどに刺さったから 、半人半魚の新人類へと進化する。  そして唯一佃煮を食べなかった若手女性社員と、その女性の故郷の海へ渡っていく…。    文に起こしてみると、なんてふざけた物語だろうと改めて感じる。いや、物語だけではない。なにせ社員たちが魚に変身する様は、変身する役者の懐から魚のフィギュアが飛び出て、そのフィギュアに取り付けら

      • 震える/震えながらー『君たちはどう生きるか』

         結局、こんなにも欲望に満ち満ちた映像を見せられたことにやられてしまった、という気がする。高畑勲が宮崎駿を評して「官能的なつくり手」と述べたという話があるが、本当に核心的な見方だと思う。あるいは、神山健司も「宮崎さんには全部を気持ち良さそうに見せるマジックがある」と書いていた。本当にそうだ。こんなにも快楽を求める、欲深い映画は他にそうない。  例えば、水の質感である。なぜ単なる海水が、まるでローションかのごとく「とろっ」としたり、あるいはスライムみたく「ぷにゅっ」としている

        • 無調がそこに調っているー『TAR』

           とても面白かった。これは「無調」の映画だと感じた。即ち、非構造的で、不定形で、混沌としたものという意味である。  それは、主人公のリディア・ターの辿る運命においてまず言えることだ。この映画で描かれるのは、ターという出来すぎた構造物のような人物が、周囲の様々な妨害によって立場を崩壊させていくお話である。彼女の音楽家としてあまりにも完璧すぎる経歴は、ハラスメントの告発を受け台無しになり、ゲーム音楽のコンサートの指揮者というこれまでの経歴とは似合わない、つまり調和のとれない環境

        意味をつけてやるー『怪物』

        マガジン

        • 名前をつけて保存する
          7本

        記事

          みかけは固いが、とんだいい人だー『バイオハザード:デスアイランド』

           意外にといっては失礼だが、結構楽しめた。正直な話、映画としての完成度を期待してではなく、タイミングが合ったこと、国産CGアニメ映画であるということを理由に足を運んだが故に個人的なハードルが低かったきらいはあるが、それでもそのハードルは確実に超えてきた。  まず見る前に懸念していたことの1つに、登場人物に対して違和感なく没入できるようなヴィジュアルが成立しているのかというものがあった。実際、ルックはともかく、モーションの出来に関してはあまり上質とは言えないと感じた。戦闘アク

          みかけは固いが、とんだいい人だー『バイオハザード:デスアイランド』

          離れ離れの明かりー『牯嶺街少年殺人事件』

           暗い映画だ。  まず、ストーリー。1960 年ごろの台湾が舞台で、主人公は終戦後に上海から移住してきた「外省人」と呼ばれる立場の一家の次男・小四/シャオスー。誠実だがそれゆえ世渡り下手な父や家計操りに疲弊する母らの下で暮らしており、学校は名門中学の昼間部の受験に失敗したために同校の夜間部に通っているが、そこでは強権を振りかざす教師と徒党を組む不良少年たちが跋扈しており、とても安寧な学生生活など送れそうにない。外省人として受ける冷めた視線、殺伐とした家庭や学校の雰囲気は、ま

          離れ離れの明かりー『牯嶺街少年殺人事件』

          夢を塗った唇ー『パーフェクト・ブルー』

           ついに、という心持で観に行って、その高い期待も見事に超えられた。これは確かに、広く長く影響力を持っているのも納得の、つまりは名作だと感じた。本作のキャプチャ画像が(しばしば無文脈に)巷で登場し続け、映画館でかかればすぐさま席が埋まる(自分の観た回も満席であった)。今でも、というか今に至りますます強まるその威光には、確かな裏付けがあったのだ。  自分がとりわけ魅了されたのは、カットつなぎの滑らかさである。場面の転換が起こるカット割りを、小道具の配置やキャラクターの動きを一致

          夢を塗った唇ー『パーフェクト・ブルー』