私の世界の平和を願う
私ってバカだなーと思う。怠け者で勤勉でなく、嫌人厭世かつ性悪説論者、人の良い仮面を被りつつ人の弱点を探すようなひどい人間。なのに、世界平和を願っている。
世界といってもワールドワイドではなく、私がすごす小さな優しいコミュニティのこと。シェアハウスであり、友だちたちであり、要するに私がタナカアキでいられる場所や人たちのことだ。
大好きだなーと思う人たち、大切だなーと思う人たちには、まず以って幸せであって欲しい。戸籍上の父のことも姉のことも、そんなふうに思ったことないけれど。
好きでも大切でもない人はどうなったって構わない。どうなろうと知ったこっちゃない。私には関係ないことだから。
私が願うのは、私の目や耳に入る、手の届く範囲の人たちのことだけ。私の身の丈には、そのくらい小さな世界がジャストサイズ。
大好きで大切な人たちに幸せであって欲しいのは、そうじゃないと私が幸せでなくなるから。大好きで大切な人たちが苦しんでいたら、苦しむ姿を見ていたら、私も苦しくなる。
私は苦しみたくない。そんな自己都合による願い。
大好きな人が幸せそうにしてる。笑ってる。明るい雰囲気に満ちた姿を見たり、楽しそうにしてるときに一緒にいたりすると、私も幸せになって笑っちゃう。
だから、私の居場所にいる人たちには幸せであって欲しい。
私に誰かを幸せな気持ちにする力があればいいのに。幸せにするのは無理。自分を幸せにできるのは自分だけ。私という意味ではなく。
でも幸せな気持ちにしたり、笑顔にしたりは外からの力でも可能。私にはあまり備わってない能力だけど。あったらいいのにな。
みんなを明るくするのは無理でも、一対一でとか、誰それをとか、ごくごく少ない人でもいいから明るい気持ちにできたらな。
そしたら、私も救われる。
誰もが自分のいる小さな世界の誰かを幸せな気持ちにするとしたら。ひとりがひとりを、そのひとりが別なひとりを。
小さな世界はいくつもあって、少しずつ重なり合ってる。だから、数珠つなぎで幸せな気持ちの人が増えていけば、いつかワールドワイドに幸せな気持ちが満ちるのではないか。
直接的に大切な人を明るい気持ちにできなくとも、私にできる人を笑わせることで回り回って大切な人が笑うことにつながるかもしれない。そしたら私も笑っちゃう。ハッピー。
という夢みたいなことを想像してる私はバカだなー。と思うけれど、半分くらいは本気。
だって私は幸せでありたいもの。
どうせ生きるなら幸せでありたい。楽しい気持ちでいたい。苦しんで、苦しめて、悩んで、そんなことに巻き込まれたくない。
楽しい人生を。ともに。