令和3年予備試験再現答案 刑法(F)

1 甲がY宅から本件段ボール箱を持ち出した行為について
 甲がY宅から本件段ボール箱を持ち出した行為に窃盗罪(235条)が成立しないか。
 (1) 甲が持ち出した本件段ボール箱は、甲がYに預けた物であるため、「他人の」物にあたらないのではないか。
  (ア)窃盗罪の保護法益は平穏な占有を守ることにある。とすれば所有権を有していない者でも、占有しているのであれば「他人の」にあたる。
   (イ) 本件ではYは甲から本件段ボール箱を預かっているにすぎないが、某月2日から同月16日までの間自宅で保管していたため、問題なく占有が認められる。
 したがって「他人の」にあたる。
 (2) 本件段ボール箱の中身は帳簿であり、帳簿は紙に情報が化体されているため財産的価値があるといえるため、「財物」にあたる。
 (3) 甲はY宅から本件段ボール箱を勝手に持ち出しているため、「窃取した」といえる。
(4)したがって、甲の行為は窃盗罪の構成要件に該当する。
(5)なお本件のYの「返してほしければ100万円を持ってこい。」という発言は恐喝罪(249条1項)の実行の着手に該当する行為であるが、これにより甲の上記行為が正当行為として違法性が阻却されることはない。
 なぜなら、本件段ボール箱は返還請求やその他の正当な手段により取り戻すことが可能だからである。
 よって甲の行為に窃盗罪が成立する。
2 甲が本件帳簿にライターで火をつけた行為について
 甲は自己が所有する本件帳簿にライターで火をつけたため、自己所有建造物等以外放火罪(110条2項)が成立しないか。
 (1) まず甲は本件帳簿にライターで火をつけるという「放火」行為により、「自己の所有に係る」本件帳簿を「焼損」させているといえる。
 (2)では甲の行為により「公共の危険を生じさせた」といえるか。「公共の危険」の意義が明らかでなく問題となる
(ア) 放火罪の危険犯的性格を考慮して、人の生命身体に対する危険のみならず、財産に対して損害の危険がある場合もこれにあたると解する。
(イ) 本件では甲は本件帳簿をドラム缶に入れて火をつけた行為により、ドラム缶の中から舞い上がった火によって、無主物の漁網が燃え上がり、これによって近くにいた5人が発生した煙に包まれるという人の生命身体に係る危険が生じている。また、燃え上がった行為により他人所有の原動付自転車に延焼するおそれも生じているため、財産に対しての危険も認められるといえる。
 したがって「公共の危険を生じさせた」ということができる。
 (3) もっとも本件では、甲は近くに人がいることや上記原動付自転車があることを認識していなかったため、「公共の危険」についての認識がなかったといえる。
 公共の危険についての認識を欠く場合でも自己所有建造物等以外放火罪は成立するか。
 (ア) 放火罪は危険犯であり、また結果的加重犯特有の「よって」という文言を用いているため、公共の危険の認識は不要であると解する。
 (イ) したがって本件でも公共の認識を欠いていても犯罪の成否に影響はない。
(4) 以上より自己所有建造物等以外放火罪が成立する。
 そして、本件では甲の上記行為により他人所有物の原動付自転車に延焼しているため、延焼罪(111条)が成立することとなる。
3 乙がXを殺害した行為についての乙の罪責について
 (1)乙の殺意を持ってXの首を絞める行為によりXは死亡しているため、乙に殺人罪(199条)が成立する。
 (2)Xは乙に対してしばしば「死にたい。もう殺してくれ。」と言っているが、Xはこれを本心では言っておらず、乙もそのことを知っていたため、同意殺人罪(202条)は成立しない。
 (3)したがって乙には殺人罪が成立する。
4 乙がXを殺害した行為についての甲の罪責について
 (1) 甲に、上記乙がXを殺害した行為について乙の行為を止めなかったため、不作為の殺人罪の幇助犯(62条1項)が成立しないか。
 ア この点共犯の処罰根拠は自己の行為が結果に対して因果性を与えた点に求められる。そのため、不作為の幇助犯においても同様に結果との因果性を必要とする。
 具体的には、物理的又は心理的に共犯者の行為を促進している関係を必要とする。
 イ 本件では、乙が殺人の実行行為を行った時点で甲はいなかったため、実行行為に対して何も関与していなかったといえる。また、甲が帰宅した時点では、乙はXの首を絞めXを失神させており、甲は乙を制止せずにその場から立ち去っているため、この時点においても乙の行為を促進しているということはできない。
 したがって甲に殺人罪の幇助犯は成立しない。
(4)もっとも甲に不作為の殺人罪の単独犯が成立しないか。
 ア 条文上作為の形式をとっているものにおいても、不作為犯は成立するが、作為犯との同価値性を必要とする。
  具体的には、①法令慣習契約等の作為義務と、法は不可能を要求するものではないため②作為の容易性可能性及び③結果との因果性を必要とする。
 イ 本件では殺されたのは甲の父親であり、要介護状態であったため、甲は①法令・慣習上の義務を負っていたといえる。
 また、甲が乙に声を掛けたり、乙の両手を首から引き離そうとしたりするなど、甲にとって容易に取り得る措置を講じた場合には乙の犯行を直ちに止めることができた可能性は高かったため、②作為の容易性可能性が認められる。
 そして、甲が目撃した時点で、直ちに乙の犯行を止めてXの救命治療を要請していれば、Xを救命できたことは確実であったため、③乙の死の結果との因果性も認められる。
 ウ したがって、客観的に甲に不作為の殺人犯の単独犯が成立する。
 (5)もっとも、本件では甲はXがしばしば「死にたい。もう殺してくれ。」と言っていたことから、Xが本心から死を望んでいると思い、Xが乙に自己の殺害を頼み乙がこれに応じてXを殺害していると考えているため、殺人罪の故意(38条1項本文)がなく同意殺人罪の故意があるにすぎないため、殺人罪は成立しない。
 ア では主観的に同意殺人罪を犯した者が、客観的に殺人罪を犯した場合同意殺人罪が成立しないか。
 イ 故意責任の本質は犯罪事実の認識によって反対動機の形成が可能であるにもかかわらずあえて犯罪行為に及んだことに対する道義的非難にある。とすると、構成要件に重なり合いが認められる場合には軽い限度で故意が認められるといえる。かかる重なり合いについては、①行為態様及び②被侵害法益により判断する。
 ウ 行為態様はどちらも人を殺害することであるため①が認められる。また被侵害法益は人の生命であるため②も認められる。
 したがって重なり合いが認められるといえる。
エ よって同意殺人罪が成立する。
                                以上











 



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