令和3年予備試験再現答案 商法(E)

第一 設問1
1 本件代金は、代表権のない取締役であるCが、株主総会や取締役会決議をせず乙社と行った契約に基づくものなので、原則として甲社に効果が帰属しない。
2 (1) もっともCは、代表取締役副社長Cという名称を使用して契約を締結しているため、表見代表取締役(354条)が適用され、甲社が責任を負わないか。以下354条の要件を検討する。
 (2) 本件では「取締役」であるCに、代表取締役副社長Cという「副社長・・株式会社を代表する権限を有する者」と認められる「名称」が付されている。
 これらの要件は認められる。
 (3) もっとも、この名称を付したのは本件で乙社と契約を行った当事者であるCと株主であるAであり、他の代表取締役であるBや他の取締役等は関わっていないため、「株式会社」が名称を付したとはいえないのではないか。
 (ア) 354条の趣旨は、取締役に虚偽の外観を作出した株式会社に帰責性が認められる場合に、それを信じた相手方を保護するためのものであり、権利外観法理による利益衡量にある。
 とすれば354条の「株式会社」とは、持ち株数の状況や役員としての地位などから、株式会社としての方針を決めることができるような重要な役割を有している者が関わっている場合にこれにあたると解する。
 (イ) 本件では、Cは取締役という株式会社にとって経営判断を行う重要な地位にいるが、甲社は取締役会設置会社であり(362条)、代表取締役はBでありC以外にも取締役はDEといるため、C単独では株式会社としての方針を決めることができるとはいえない。
 これに対して、Aは甲社の発行済株式総数1000株のうち800株と甲社株式の8割を有する大株主ということができる。
 Aは8割を有している大株主であることから、例えば株主総会特別決議(309条2項)を単独で決定できるなど、会社の重要な事項の意思決定を単独で行う権限を有しているといえ、株式会社としての方針を決めることができる重要な役割を有しているといえる。
 (ウ) したがって「株式会社」にあたる。
 (4) 乙社が「善意の第三者」にあたるか。
 (ア) ここでいう「善意」とは善意無重過失の第三者を意味する。重過失者は悪意者と同視できるからである。
 (イ) 本件では、乙社の代表取締役は、甲社の代表取締役副社長として振る舞うCを信頼して取引に応じているため善意といえる。また契約書には「代表取締役副社長C」と記名され、代表者印が押印されており、代表者印は通常代表者しか使用しないという経験則が働くため、Cが代表者であると信じることに重過失があるとはいえない。
 そのため、善意無重過であるといえる。
 (ウ) したがって乙社は「善意の第三者」にあたる。
 (5) 以上より354条の要件を満たすため、取引の効果が甲社に及ぶとして、本件代金の請求をすることができる。
第2 設問2
1 甲社は本件慰労金は法律上の原因なく支払われているため、Bに対して不当利得返還請求権(民法703条)を行使する。
2 (1) まず本件慰労金は、361条の「報酬」にあたる。なぜなら、退職慰労金は報酬の後払い的性格を有するからである。そのため、361条に基づき株主総会決議を行わなければならないのが原則である。
 (2) もっとも、本件では本件慰労金は会社の本件内規に基づき、Aの指示によってFがこの基準に従って支払っている。このような場合にも総会決議を要するか。
 (3) 361条で株主総会決議を要求している趣旨は、お手盛り防止にある。もっとも個人の所得を明らかにしないという風潮が我が国ではあるため、株主総会決議をすべての場合に要求するのは妥当ではない。
 そこで、金額を合理的に算出できる基準が客観的に明らかであり、且つその基準を株主が知りうる状況にあり、その他決議を経ずに支払うことが濫用にあたるような特段の事情がない場合には、決議を経ずに支払うことができる。
 (4) 本件慰労金は、本件内規という、役員報酬や退職慰労金について役職や勤続年数という明確な基準によって金額が算出できており、算出できる基準が客観的に明らかだといえる。
 また、この基準は甲社の内規であることから、甲社の株主は知りうる状況にあったといえる。
 そして、退職慰労金はこれまでも本件内規をもとにAの指示によって支払われている。Aは退職しているが大株主として甲社にとって重要な地位であることに違いはなく、Aの依頼に基づいて、経理担当従業員であるFが本件内規に基づいて算定された金額を支払っており、支払い方法、算定した者共に濫用にあたるような特段の事情がないといえる。
 したがって、本件慰労金は株主総会決議を経ずに支払うことができる。
 (5) 以上より本件慰労金の支払いは有効であるため、甲社の請求は認められない。
                                以上

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