「女の外国ひとり旅といっても特別なことはない。日本でできる人ならだれにでもできる」 (大コラム 1985)

 海外のひとり旅といっても、バスか汽車が走っていて、宿がある場所なら、日本でひとりで汽車に乗り、宿をさがして歩けるひとはだれでも、行くことができる。逆にいえば、日本のなかでひとり旅ができないなら、外国でも、やっぱりムリだ。

 わたしは女なので、ひとりで旅行すると、「女のひとり旅」ということになるのだが、外国にひとりで行っても、女だからといって、こわい思いをしたことも、トクしたこともない。五年前、はじめてイタリアに行ったとき、うわさによると、イタリアを女がひとりで歩くと、男が後から行列をつくってくっついてくるということだったのに、だれにも声をかけられず、がっかりした。

 それでも、いちおう、用心はしている。夜遅く空港に着いたら、そのまま朝まで空港にいて、外には出ない。到着ロビーはイスがなく、ざわついているので、出発ロビーに行って、ソファでねばる。長イスだったら横になって寝てしまう。

 空港やターミナル駅には、おのぼりさん目あての悪質タクシーがたまにいるから、空港から街までは、かならず、リムジンバスに乗る。バスや電車で行けるところまで行き、あとは、ひたすら歩く。わたしにはめったにないことだが、男がつきまとってきたら、はっきり、日本語でモンクをいう。「バカにしないでよ」なんて、カタコトの英語でいおうとしたら、よけい、バカにされてします。

 頭にきたり、感謝したりの気持だけなら、日本語で充分に通じる。具体的な会話は、「六カ国語会話」などの、日本語と現地のことばが対になっている会話集が便利だ。ただし、単語の下についているカタカナをいきなり読んでも、「このひとはいったい何語を話しているのだろう」と、ふしぎそうな顔をされるだけなので、かならず、本を見せ、必要なところを指さすことにしている。でも、まちがえて指ささないようにしないと、オーストリアのホテルで、「寒いので部屋のヒーターのスイッチをいれてください」といいたいのに、となりの行の「予定を一日短くします」を指さしていて、着いたとたん帰るのかと、ホテルのひとをおどろかせたことがあった。

 まあ、たいていの用事は、「会話集」がなくてもわかる。ホテルに荷物をしょってはいっていけば、泊まりにきたんだろう、レストランにいけば、食事をしにきたんだろうと、むこうも思うにきまっている。

 レストランでメニューが読めない場合は、ほかの客が食べているおいしそうなものを指させばよいといわれているが、これは、わりと勇気がいる。いったんすわってしまうと、キョロキョロするのも気がひけるので、わたしは、レストランにはいったら、そのいきおいで、まず、ゆっくる店内を一周して、ボーイを呼びとめて、人の食べているものを指さして注文してから、席につく。店内を散歩しながら、調理場にも気軽にはいれるふんいきだったら、そちらにも足をのばす。めんどくさいときは、筆記体でかいてあるメニューでも、値段はなんとか読めるので、値段だけで決めて注文する。

 外国では、レストランやバーで、お金の払い方がわからないことがよくある。たいてい、レストランでは最後にテーブルで払い、バーのカウンターでは飲みものと交換だ。でも、どんなときでも、こっちは客で、金をとるのはむこうの仕事なんだから、請求されるまで、堂々としていればいい。そうはいっても、ついつい、あせってしまうのだが。

 海外では、ことばが通じない分だけ、指さしの回数はふえるが、乗物に乗って、食べて、泊まってと、やることは日本を旅するのと同じだ。海外ひとり旅なんて、飛行機か船で旅立ってしまえば、だれにでもできる。

 もっとも、日本でひとり旅ができるひとのみ、ではあるけどね。



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