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紡ぐ

2018制作
著者:tana

STFドラマ祭 想-HAJIMARIの原作

スッと入ってくる音だった

あなたが紡ぐ言葉を、その音を、

何度も何度も私は拾いに行った

でも、拾おうとしても拾えない

あなたの言葉の音は、どんなに頑張っても私には拾えない音だから

はじめて、だれかの紡ぐ言葉を編みたいと思った

それがいつか綻びが出ると分かっていても

桜並木道…普段は通らない道を今日は歩いてみた…

理由はない、ただ、歩いていたかっただけ

風が冷たい、春の香りがする

そんな18歳の3月

ある遠い母との記憶が蘇った

ピアノの練習から泣きながら帰宅した

5歳の誕生日

母から一本の糸をもらった

「これを紡いで一緒に編んでいける人を探して欲しい」

母からもらった糸を私は、あやとりの道具にした

数日後には、からんで、ほころんだ、糸

それを見た母が

「どんなに大事に紡いだものでも、ほころびが生じる時がある、それは、また、一から編んでいけばいい」と…

そういうやりとりをした


あの時、母にもらった糸は、どこにいったのか

想い出を想い出として思い出せないくらい

いつのまにか時が過ぎていた

そして、また、さらに時は過ぎ去り


母は病院のベッドで泣きながら
空の旅に出発した

母を見送った帰り道は
心に大きな穴が空いたようように
風が身体を突き抜けていく感じがした

心情すらも感情すらも何も感じられない

ただ、溢れ出そうな涙をぐっとこらえながら

ふと、あの糸の事を想い出した

5歳の誕生日に言われた

あの日の言葉をようやく理解した瞬間だった

きっと私はこれから、

空を見上げるたびに

母を想い出して恋しくなる

そして

空にいる母に

今、この想いを想いとして届けたくなる

母と紡いできた言葉と

ピアノだけは嫌いにならないでねの言葉

言葉は全て音だから

きっと大丈夫、あなたなら

音を紡いでいける

そんな母との想いを

私は今、隣にいるこの人と編んでゆきたい

たとえ、この想いが届かなくても

綻びが生じることがあっても

またゼロからはじめればいい

一緒に編んでいけばいい

わたしはわたしの想う人と

想でありたい

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