ノボルという男

私の研究室のスタジオが入る建物はキャンバスから戸山公園を挟んだ隣にあり、その2階にあった。いつもは階段を使っていくのだが、今日はなんとなくエレベーターを使っていくことにした。普段エレベーターに乗るときに、例えば私が10Fに行こうとしているとするときに、乗り合わせた人が2Fのボタンを押そうものなら「階段使えよタコスケが!」と心の中で叫んでしまう私であるが、こうやってエレベーターを使いたくなる日もあるのだ。エレベーターは一階に停まっていたので、すぐに扉が開いた。まるで私の到着を待っていたドアマンかのように丁寧に、いやしかしそれは急いでいるときには苛立ってしまうほどの安全運転であるが、今日は特段急いでいないので苛立つことはなかった。

エレベーターという密室が割と苦手である。不特定多数の他人と乗り合わせたときに生じる鉄のような静寂。呼吸をするときにどうしても発生してしまう音さえも、なんとか押し殺し、その静寂を守り抜かなくてはいけないと思ってしまう。なので、おそらく友達同士のグループと乗り合わせたときには少しほっとする。彼らが静寂を打ち砕き、談笑してくれる可能性があるからだ。彼らが会話をしてくれればこっちのもので、そうすれば心置きなく呼吸をすることができる。屁だってこける。たまたま1年に一度あるかないかくらいの強烈な臭いのするのをお見舞いしてしまい、危うく密室殺人をしてしまいそうになったが、幸い未遂に終わった。

もう一つ、大学のエレベーターに乗る際に懸念しなくてはいけないことがある。それは教授の研究室に行く時教授とエレベーターに乗り合わせてしまったときだ。教授の研究室はキャンパス内の1番高くて平べったい建物————通称メモリースティック————の10Fに位置するのだ。あまりにも長い。すると静寂はより一層硬質なものとなって私に襲いかかってくる。この鋼鉄を溶かすには相当な熱量を要する。しかし、黙っていてはその質量に押しつぶされてしまう。しかしながら何十年も長く生きている彼を和ませるような、しかもエレベーターが教授の研究室の10Fに着くまでの数十秒で終わるちょうどいいパッケージの話など持ち合わせていない。私の文章を読んでくださっている読者諸賢はお気づきのことと思うが、私の話は長い。脱線に脱線を繰り返し、脱線した先でまた脱線し、脱線した先を本来の目的地と錯覚を引き起こしたのち、終着する。そんな話を披露したが最後、研究室手前の8Fで無理矢理エレベーターを降ろされるか、最悪こいつゼミの単位落としたろかなとなる。そうなったら留年だ。私の生殺与奪は彼の手のうちにあるのだ。

何か手がかりはないか、と視線を泳がせると、エレベーター管理証なるものが行き先指定ボタンの上に堂々と掲げてあった。ほうほう、この会社がこのエレベーターを管理しているのかいな。なら安心だな!という感情は特段湧き上がってくることはなかったが、管理者の名前に目が停まった。このエレベーターが落っこちてしまわないように管理している彼の名は「昇」だったのだ。エレベーターの管理をしている人の名前がノボル、これは阪神の伝説的抑え投手の名前が「球児」だったとき並みの衝撃である。この非常通話ボタンを長押ししたらノボルにつながるのだろうか?エレベーター内で静寂が気まずいときにはどうすればいいですかと聞きたかった。私にとっては非常事態であるからその判断は適当であるかに思えた。でもせっかくノボルと話せるなら「いやいや、ノボルよ、エレベーターは「昇降機」ともいうくらいだから降りる時のことも考えてくれないと困るぞえ?エレベーターが一方通行なのにそんな10Fまで連れて行かれたら、ニュースでたまに見る高いところに登っちゃって降りれなくなって保護される類の動物みたいになっちゃうから!」などという「ノボルいじり」を心なかで想像してニヤニヤしていた。

そうすると教授が唐突に私に、修士設計は進んでいるかい、と聞いてきた。私はすかさず「絶好調。昇り調子です」とエレベーターの非常通話口の向こうにいるノボルにも聞こえるように言った。全然進んでいない修士設計の進捗資料を脇に抱えながら。

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