自分の番号だけ役所で呼ばれない

今住んでいるシェアハウスに引っ越す時に、転入届を区役所に提出した。転入届を引越し先の自治体に提出するには、引越し前の住所の自治体で転出証明書を交付されなくてはならない。以前住んでいた東村山市役所で交付された転出証明書を握りしめ、渋谷区役所へ向かった。

渋谷区役所は、代々木公園の近くにある、新しい庁舎よりも、渋谷ヒカリエの8Fにある区民センターなるものの方が空いていて、しかも駅に近い。なので、私は渋谷ヒカリエの方の区役所へ向かった。
渋谷ヒカリエのエレベーターはとてつもなくややこしい。4階までしか行かないエレベーターがあったり、なぞのテラスがあったりして、毎回正しいルートがわからない。帰りは毎回同じルートで帰ることになるのだが、行きではそのルートを通ることができないのはなんでだろうか。次行った時にはヘンゼルとグレーテルよろしく帰り道に白い石を落として行こうか。そうしたとしてもヒカリエの清掃のおっちゃんの仕事を増やしてしまうだけである。ヘンゼルとグレーテルが捨てられたのが渋谷のコンクリートジャングルじゃなくて普通の森で良かったと思う今日この頃である。

渋谷ヒカリエの8階にようやく着くと、まず「d47食堂」が見える。ここはナガオカケンメイさんが主宰するd and departmentが運営する定食屋なのであるが、今は別れてしまった女性と訪れたことがあり、横を通るたびに胸の奥できしきしと音がするような気がする。区民センターへの道のりの中での最大の難所は実はここなのである。私ごとなのだが、このnoteは私ごとを書くところなので良いだろう。とにかくブレイクマイハートなのである。

区民センターに着くと、3、4人が椅子に座って待っていたが、受付番号を見る限り、私の前に待っている人はいないらしかった。椅子に座っている彼らはすでに手続きを終えていて、最後の手数料の支払いと各種証明書の発行を待っている人たちだった。私はすぐに自分の番号を呼ばれた。3桁の番号が記されている紙切れを職員に手渡し、転出証明書を提出する。手続きはすぐに終わり、私は待合室の椅子に深く腰掛け、読みかけの本を読み始めた。

どのくらい待ったであろう。読みかけた本はもうすぐ終わってしまいそうだ。私のあとで区民センターに訪れ、手続きをした人の番号が次々と呼ばれていく。私の番号から3つ以上後ろの番号の人にも抜かされていっているから、徐々に私は苛立ってきた。住所変更なんてそんなに大変な作業なのか。住所をタイピングして入力して終わりだろう。それとも何か確認しなくてはいけない事項でもあるのか。番号をどんどん抜かされていく間、小学校の算数の時間を思い出した。私の小学校では一斉に百マス計算を解き始め、終わった人から挙手をしていき、先生が順位を記録していくというタイムアタック方式で行われていた。それは、不正を防止するために名前を書くことすらタイムアタックに含まれていた。私の「田村将太郎」という名前はそこまで画数の多い名前というわけでもないが「山田花子」に比べればよっぽど時間のかかる名前であった。不利な名前だ。自分の周りがどんどん百マス計算を終えて手を挙げる中、なかなか百マス計算が終わらない焦燥感。なかなか上がれない感じを思い出していた。私を追い越して帰路についていくマダムの横顔は、百マス計算が早かった女の子に似ていた、としたらすごいけどそんなことはない。

本を読み進めるにはちょうどいいと考え、残りわずかな文庫本を読み終えてしまおうと考えた。本を読みながら、私の番号が呼ばれない理由を考えた。もしかしたら、私は知らない間に国際指名手配されていて、今警察が駆けつけるまでの時間を稼がれているのではないだろうか。私はそんな犯罪をした覚えはないし、するつもりもない。強盗も、殺人もしていない。もちろん、ゴーン氏の逃亡にも関わってもいない。私が関わっていたら、あんな作業員のコスプレはさせないであろう。それはさておき、こんなに時間がかかるということは、私が知らず知らずのうちに何か大変なことをしてしまったのであろうか。

心当たりは、ないわけではない。実は、私は上述の小学校の算数の授業で、百マス計算をする際に、名前を最初に「田村将太」までしか書かずに百マス計算を解いていたのだ。そして、「田村将太」の状態で手を挙げ、先生に提出する直前に「郎」と書いていた。なんともセコイやり方であろう。名前を全く書かずに解いたほうが早いけれど、それだとずるすぎるから「田村将太」あたりが平均的な落としどころだと考えているあたりも変に正義感があって笑える。どんな善悪の線引きだよと言いたくなる。
もしかしたら、私の戸籍はその百マス計算ネームの「田村将太」名義で登録されていて、その矛盾が今暴露されてしまったのではないか。私は百マス計算をやっていないとみなされ、小学校2年生から義務教育を受け直させられる羽目になるのではないかと、にわかに戦慄した。もう、あんな新鮮な気持ちで三角形の内角の和が180°になることに感動できない。そんな中で受ける義務教育はなんと退屈であろうか。

などと余計なことを考えているうちに自分の番号を呼ばれた。私は残り3ページを残し、本を読み切ることができなかった。変な妄想にふけらなければ、きっと読み終えることができただろうに。読了をあと一歩で中断された、中途半端なモヤモヤを感を抱えたまま、私は新しい住所の住民票を交付された。残りの3ページは、家までの帰り道を歩きながら読んでしまった。

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