1.86磯野家の集団・実質22本塁打

私の住んでいるシェアハウスは、5LDKに13人で住んでいる・・・ということをトルコのイスタンブール大学に留学している友人に語ったら驚かれた。
「Oh...ニポンデ一番有名ナ磯野家デモ7人シカイナイノニ...」

嘘である。いや、5LDKに13人で住んでいるのは本当だが、イスタンブール大学に留学した友人が外国人であることが嘘であった。しかし、私はただ彼の言葉を漢字以外をカタカナで表記しただけであって、別に友人が外人であるとは一言も言ってない。だから嘘はついていない。よって、この段落の書き出しの「嘘である」というのは「嘘である」ということが「嘘」であったということだったのである・・・。ただ、トルコに飛びたってから1年が経過した彼の日本語がどの程度東欧風に仕上がっているかは彼の肉声を聞いてみないことにはわからない。
彼曰く、「13人のシェアハウス」は「1.86磯野家の集団」らしい。そして、1.86は大谷翔平の2016年の防御率らしい。なので、実質22本塁打だということだ。大谷翔平の成績はすでに史実なので、そういうことらしい。

そんな彼から今年の2月半ばごろに絵葉書が届いた。A5サイズほどの二つ折りの綺麗な絵葉書である。そこには彼と遊び半分で考えた私の芸名に宛てて、こう綴られていた。

「概念(私の芸名)———どうでしょう、概念らしい体重になりましたか?少し物質的になりすぎてはいませんか」

私の野球を引退してから一向に止まる気配を見せない体重増加に対して、皮肉のこもった素晴らしい書き出しだ。私はこの部分を読んで利き手の拳を強く握りしめたが、それを振り下ろす相手は遠く離れた、アイスが粘り気を帯びた、珍奇な国へ行ってしまっていることに気づき、その拳をそっとほどいた。

「短い付き合いですが、僕の夏の記憶はあの四国のみどりと備讃瀬戸のあおい海のままになりそうです。こちらにはそういうものがないから。赤坂研の皆様によろしく。度々話してくれると嬉しいです。建築のことは忘れたけど」

彼とは私の研究室の先輩の修士設計の打ち上げで知り合い意気投合、その後サイゼリヤやガストでの秘密の会合を重ねるなどし、彼のトルコ出発前の四国旅行に二人で出かけるようになった。しかも、四国では彼の祖母宅に泊めていただき、三食しかも夕飯にはアサヒスーパードライ付きという、ずうずうしさ極まりない私を許してくれた。ああ、フェリーで渡った瀬戸内の海、綺麗だったなあ。あれは私にとっても、東京に暮らす人間にとってまず味わえないものであったと思う。それはトルコでも東京でも同じであろう。
しかしながら、6年かけて卒業した建築のことは忘れないでいてほしい。

「——追伸——学科の中で友だちつくりなよ。おれも友だちいないけど。以上 2019.12.15」

彼は1年間のトルコ生活で「友達」の「達」という字を忘れてしまったらしい。嘆かわしいことである。確かに私は建築学科には友達はそう多くはない。ストレートできている人よりは2年歳を喰っているし、早稲田に入ったのは芸術学校→大学院というルートだからだ。そのあたりは休学と留年を一回ずつ経験した彼と通ずるものがあるのかもしれない。しかしながら私にはもう友達は充分であると思う。トルコからわざわざ絵葉書を寄越して私の体重を馬鹿にしてくる、最高の友人を手に入れたのだから。それにしても、日付を見る限り、トルコから日本へは絵葉書ひとつ送るのに3ヶ月も要するのかと思い、驚いた。物理的距離が、そのまま時間的な差となって感じられる。以前のように気楽に大学近くの隠れ家イタリアン———又の名をサイゼリヤという———に呼び出すことができないことを残念に思いながら、彼は本場のケバブをかじっているのだなあと思って羨ましく思ったりする。

「p.s. 出すのがめんどうで二〇二〇年になった。2020.02.04」

主語をすっ飛ばしている文章を見るあたり、彼は当然、まだまだ日本人で、気のおけない友人だった。

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