追憶:大学野球

結果をそろそろ出さなくてはいけない。特待生として大学に入学し、主力メンバーのみが参加できる冬季キャンプにも、入学してすぐの1年生の時から選ばれた。そのキャンプでも上級生からホームランを放ち、そのまま春のリーグ戦のメンバー入り。順風満帆なスタートのように思えた。代打で2打席に立ったどちらも三振。そこからはまるっきり成績は振るわず、完全にチーム構想からフェードアウトしたまま3年の春を迎えた。特に監督からはあからさまに冷遇された。一挙手一投足を監視され、否定され続けていた。入学時とは手のひらを返したようなその態度は、自分の頑張りが足りないことの鏡と思うことにした。
プロ野球と違ってどんなに成績が振るわなくても首を切られることはないが、それが返って残酷だ。入学金も授業料も払っていない自分が試合に出ていないことが本当に恥ずかしかった。戦力外通告をされて退学させられたならどんなにせいせいするだろう。そう考えながらも、私は今日も主力メンバーが打ち散らかしたボールを外野で拾っていた。

紅白戦。それは週に一回のペースで行われていた。チームの活性化と流動化を図るために、主力メンバーが休みの日曜日にそれは行われた。ここで結果を出せば、主力メンバーに入ることもできる。しかしながら味方のピッチャーからもさえ、私は思うような結果を残せずにいた。入学当時は周囲からの期待をプレッシャーと感じていたが、それも幸せだったのだと気がつく。完全に相手にされないことほど辛いことはない。寝すぎた休日のような頭痛がする。
私はキャッチャーだったが、チームのレギュラーは一つ下の後輩が務めていた。実直で努力を惜しまない。だからと言って、先輩に対して横柄になることもない。実に人間ができたやつだった。彼の入学当初はよく私を頼ってくれていたが、今はそういったことはない。当然である。彼より私は圧倒的に下の立場なのだから。純真な彼の目の奥に、私に対する冷笑を見出してしまうほど、私の精神はすり減っていた。いや、実際に冷ややかな悪意を込められていたのかもしれない。

私と同学年のキャッチャーは四人いたが、誰もが今ひとつ、という状況だった。しかしながら着実に実力をつけ、主力メンバー入りまであと一つ抜けるところがあればという状況だった。一つ下の後輩にレギュラーを取られているという状況はみな情けなかったが、入学当初は主力チームにいたのにメンバー外に落ちてきた自分はより一層惨めだった。相手チームにいる二人の同学年キャッチャーには打たれてはいけない。自分だけがここで活躍してまたメンバーに入るんだ。競争相手に活躍させないというネガティブな感情にすら気づいていない自分に気づき、嫌気がさした。

同学年キャッチャーの打席が回ってきた。彼らのうち一人はキャッチャーで、もう一人は指名打者での出場だった。なので、ここから7、8番と、絶対に打たれてはいけないという二人だ。
初球のストレートはストライク、そして甘めのスライダーをファウルで追い込んだ。ツーナッシングからの3球目。完全にアウトコースに決まったと思った。しかし、判定はボール。次の球はど真ん中を見逃しているのにボール。球審に対して叫びそうになったが、そこは紳士らしく耐えた。次の球で決めればいいんだ。こいつはストライクゾーンのボールが見えていない。私の思いとは裏腹に、彼の得意なコースにボールが吸い寄せられていった。乾いた打球音とともに、白球は決して広いとは言えないグラウンドのフェンスの向こうへ軽々と超えていった。ホームランだった。次の同級生のキャッチャーの時にも、球審に理不尽なジャッジを連発された挙句、結局ホームランを打たれた。あっという間に二者連続でホームランを打たれた。ああ、確実に俺は終わったと感じた、人生で唯一の瞬間であった。監督がバックネット裏から呆れたような目をこちらに向けた。目があったのは一瞬であったが、それは永遠のような気がした。自分の足元だけぬかるんでいるような気がした。

その裏、私はノーアウト一塁の場面で打席が回ってきた。なんとかして、ホームランを打たなくてはいけない。せめて、長打で先ほどの連続被弾を埋め合わせたい。かつてないほど私は体に力が入っていた。私はバッターボックスに立つと、球審を睨みつけた。球審はマスクの奥でどんな顔をしているのかはわからなかった。初球を見逃したあと、私は異変に気付いた。キャッチャーがありえないくらいホームベースの近くに構えていた。普通にスイングしたら頭を殴ってしまいそうな距離にいた。そのことを彼に言っても断固としてその位置を変えなかった。頭を殴ってしまうわけにはいかないので、次の球も見逃して追い込まれてしまった。理不尽すぎて、笑ってしまった。抗議をしても球審もこのキャッチャーも石のように動かなかった。下級生であったピッチャーに「こんなことでいいのか」と言ってもなぜか私が罵倒された。野球部のお荷物であると。なんで私がこんなことを言われているのだろう。私は次の球で力一杯キャッチャーの頭をバットで殴りつけることにした。ストライクゾーンに来たらこいつの頭を力一杯殴って、脳みそでもなんでもぶちまけてやればいい。自分のうちからどす黒いものが湧き上がってくるのを感じた。危険な位置に構えているこのキャッチャーが悪いのだ。私は悪くない。スポーツ中の不慮の事故なのだ。
次の球は頭上をはるかに超えるクソボールで、キャッチャーは立って捕球した。なので私はスイングせずに見逃した。すると審判は右手を高く突き上げた。見逃し三振。審判はいつの間にか憎くて憎くてたまらない監督その人になっていた。とっさに胸倉を掴みそうになったが、そんなことをしても無駄だと悟り、ベンチに歩いて帰った。

ここで目が覚めた。大学の野球部を怪我で辞め、監督やチームメイトと揉めに揉めたのは何年も前だというのに、こんな夢を見るなんて。大学時代の罪悪と屈辱の記憶が蘇る。この記憶だけは本物で、消えてはくれない。

しかし、どうせ夢なら、監督の顔をスパイクで形がわからなくなるくらいにぐちゃぐちゃに踏みつけてやればよかったと、心から思った。

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