SHIBUYA NATIONAL GEOGRAPHIC

「もういーかーい」
少年の無邪気な声が、宇田川町の路地に響き渡る。自粛なんてことは最も毒であろう子どもたちが隠れんぼをして遊んでいる様子が、私の住むシェアハウスのエントランスから見え隠れしている。おそらく隠れる側であろう少年Aが慌てて答える。「まーだだよー」
まーだだよー、かあ。私も誰かに「もういいかい?社会に出る準備は整ってるかい?」と問われたら「まーだだよー」と答えたい。でも、そんなことを言っている間にもう25歳になってしまった。シェアハウスの自室にいつまでも隠れんぼをしているんだなあと思う。

少年Aは、ガサゴソと飲食店の入っているビルとビルの間に入っていった。そこは普段鉄格子で先に進めないようになっているのだが、それは大人が思い込んでいるだけで、少年にとっては「いあいぎり」で切り倒せる類の簡単な障害物でしかないようだ。いとも簡単に柵を乗り越えていく。普段その隙間に光が差すことはなく、飲食店のゴミ袋や電気配線やダクトが走っているのみで、もっぱらネズミの寝床になっている。突然の訪問者に驚いた住民たちは一斉に逃げ出していく。そんなことを気にも留めない少年は「もういーよー」と声を発した。完全に居抜きである。
隣家の塀に足をかけた少年Aはゴミの山とギリギリのソーシャルディスタンスを保ちながら息を潜めている。正面から見ている私からは丸見えなのだが、角度によっては鉄柵のおかげで身を隠すことができているだろう。なかなか良いポジションが定まらないのか、手の位置を変えたり向きを変えたりしているが、ゴミの山にダイブして身を隠すというところまではいかないみたいだ。

するとすぐに探す側である少年Bが私と少年Aを隔てる路地に入ってきた。キョロキョロと辺りを見回しながら、弾むような足取りで私の前に現れた。その姿は獲物を探す捕食者、ライオンのようである。こちらを不審そうな顔で一瞥すると、少年Aの隠れる鉄柵の前で立ち止まった。獲物を完全に見つけたであろう。少年Aはいまだに自分のことに精一杯で、自分の身に迫る危険に気がついていない、のんきに草をついばむシマウマだ。しかし、ライオンはシマウマを発見しても急に襲い掛かることはしなかった。少年Bは少年Aがすぐには身動きが取れそうにないこと、そして建物の反対側からなら鉄柵なしでそこの隙間に行くことができることを確認すると、静かにその場から立ち去ったのだ!

「泳がせたッッ...!!!」

私は心の中でこう叫んで動揺した。この少年は見つけた獲物にすぐに飛びかかるよりも成功率の高い方法を知っている。この子は大物になるぞ。私は確信した。

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