ブレーキとクラッチを踏み間違えた

お掃除系の会社で働いている。給料は低い。それでも実家から通っているので、お金にはそんなに困ってはいない。

通勤はチャリからの電車、からのバス、と乗り継ぐため不便だ。職場でもそんな通勤形態の者はいない。車が基本的な通勤手段となっている。そのため僕も車を買ったというわけだ。

なにを思ったのかマニュアル車を買った。とはいえマニュアル車に特段の想いれは無く、たまたま気に入った車がそうだっただけだ。後は興味本位で。

正直、乗りはじめは苦労した。交差点でのエンストは日常茶飯事。ちょっとの坂道発進でも緊張がはしる。おそらく平均よりも多くやらかしたと思う。とういのも、僕は車の運転が苦手だった。

教習所では他の人よりも多くの日数が掛かっていたのである。はんこを貰えない日もあった。無口で不愛想だったからかもしれないが、あきらかに技術不足で貰えない日も多かった。

ブレーキとクラッチを踏み間違えたときは死ぬかと思った。そんな間違いは聞いたことも無いが、確かに僕は踏み間違えた。

カーブで減速すると思いきや、ペダルを踏むとエンジンブレーキは消えて、すすっと直進。ぱにくってハンドル操作も忘れた。周りの教習車は急ブレーキ。建物にぶつかりそうなところで教官の鬼ブレーキ。九死に一生を得たわけだ。

ほかにもいろいろとやらかしている。そんな僕がマニュアル車を購入したわけだ。狂気の沙汰と言っても過言ではない。

それでどうなったかというと、結論から言えば直ぐに慣れた。発進時のミスはハンドブレーキを多用することで乗り切れた。坂道でなくても、後ろに高級車がいなくても、とにかくハンドブレーキをひいた。

高めのエンジン音になれるために、シフトタイミングは意図的に遅らせていた。

それらが功を奏して、快適なマニュアル車生活を手に入れたのである。慣れてしまえばどこにも不便を感じることはない。

たまにエンストはするが、だから何だという風だ。すばやくリカバリーしているので、周りには迷惑どころか気付かれてもいないだろう。

ときが過ぎればマニュアル車の足技はほとんどマスターしていた。

ダブルクラッチも原理原則を知ればアクセルの煽りは必ずしも必要でないことが分かった。使えば運転がスムーズになることもだ。低回転で行うシフトダウンも安全の面から見れば有効だと思う。ニュートラルで進む方がよっぽど怖い。

興味本位で手に入れたヒール&トゥも、応用すれば曲芸的だがハンドブレーキ無しでもスムーズに坂道発進ができてしまう。

僕に才能があったわけではない。才能があれば教習所を最短で卒業しているはずだ。結局は慣れなのである。

インターネット上にはマニュアル車の運転にまつわる記事が溢れているが、ほとんどは意味の無いものだと思えた。あれこれ悩んでいる人に向けられた記事だとは思うが、実際に乗り慣れてしまえばほとんどがお払い箱になってしまうのではなかろうか。

それは自転車に似ていると思う。これは僕だけかもしれないが、乗れないときは悩むが、乗れてしまうと今度はなぜ乗れなかったのかわからなくなる。乗れない人に乗り方を教えようとしても上手く説明できない。なぜなら乗れるけど乗り方は分からないままだからだ。

それらのすべてがマニュアル車の運転にも当てはまるとは思わないが、近いものはあると思う。

なんにせよ車は買ってよかった。移動の楽さや所有欲、運転の楽しさ以外にも、なにかに満たされている自分がいる。経済合理性では計りきれない何かがあるようだ。

それはインターネットはおろか本さえも教えてはくれないものだ。損して得とれ。世界は面白いもので満ち溢れている。僕はそれにすこしだけ触れられたのかもしれない。

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