舞台照明の技術

前回は、僕の照明の考え方について、「舞台上で起きていることをクリアに見せる」という話を中心に説明をしました。

前回の記事:

今回は、照明を使って「舞台で起きていることをクリアに見せる」ために具体的にはどうすれば良いかについて考えます。

「舞台で起きていることをクリアに見せる」ための基本的なポイントは、見せたいものには光を照らし、見せたくないもの(ノイズ)には光が行かないようにする、という原則だと僕は考えます。しかしこの単純な原則を行うだけでも、決して簡単とは言えず、それなりの「技術」が必要になります。

たとえば一人の人がステージにいるとして、その人に光をあてたいとします。そのためにライトを一台設置して点灯してみます。すると、その人に光はあたりますが、同時にその人の周囲にも光が散ることになります。舞台用の照明機材は、光の照射範囲をある程度調整することができますが、光を人の形にちょうど切り抜くようなことは無理です。ましてや人は動きますので、人に光をあてるといっても、ある程度余裕をもって、対象の人を包むように(やや広めに)光をあてる、ということにならざるを得ません。そうすると、照射された光のうち、対象の人物にうまくぶつかった光はその役目を果たすことになりますが、ぶつからずにかすめて通過してしまった光は、そのまま直進を続け、その先にある床や壁などにぶつかります。結果として、その床や壁を照らすことになります。このように、「一人の人物に光をあてる」という単純なことを普通にやろうとするだけでも、目的の人物以外に、周囲の床や壁が不用意に照らされてしまうことになります。

理屈の上では、光をあてたい対象だけに光をあて、光をあてたくない対象には光を一切あてない、ということが理想なのですが、現実的にはそれは不可能です。光は何かにぶつからない限りどこまでも直進します。また、何かにぶつかれば多かれ少なかれ必ず「反射」して拡散します。その反射した拡散光が観客の目に届くことによってその物が「照らされている」と感じるわけですが、現実には、意図しない不本意な反射や拡散もたくさん生じます。それら全ての光を、完全にデザイナーの意図通りに調整することは、事実上不可能です。ですから、すべての舞台照明の光は、多かれ少なかれ、必ず「妥協」を含んでいます。妥協をゼロにすることは、絶対にできません。

そのような条件の中、「妥協」をできるだけ少なくし、見せたいものにできるだけ光をあて、見せなくないものにはできるだけ光が行かないようにする、ということをするわけです。それを効果的に行うために照明家に求められるのが、デザインする「技術」です。「技術」という言葉を僕は好みますが、これを照明家の「センス」と言う人もいるだろうし、「実力」と言ってもいいと思います。まあ呼び名は何でも良いのですが、とにかく、「欲しい光をできるだけ実現しつつ、不必要な光をできるだけ排除する能力」が、照明デザイナーに求められる力であって、その力を備えている照明家が高く評価される、ということは、間違いないと思います。

さて、ここで「欲しい光」「不必要な(邪魔な)光」といった言葉が出てきました。これら「欲しい」とか「邪魔な」っていう言葉は、とても主観的な言い方ですよね。じゃあそれは、誰の主観なんでしょうか。この光が「欲しい」とか、この光は「邪魔だ」って言っているその主体は、誰でしょうか。答えは、「照明デザイナー自身」です。もちろん、演出家が「こういう光が欲しい」と言ってるとか、舞台美術家が「あそこの柱の先端部分をもっと明るくしてほしい」と言ってるとか、そのように他の誰かから照明家に対して、光についての要望が出されることはもちろんあります。しかし、その要望が実現するためには、照明家がまずその要望をいったん受け入れて、自分自身の目的として設定したうえで、実際に機材の調整をする作業を行わなければなりません。つまり、すべての舞台照明の光は、照明家の主観を経由しないと実現しないのです。このあたりの話は、前にこのnoteの「主観から始まる照明」という回でも触れましたので、よろしかったらそちらも参照してください。

さて、照明家に求められる「欲しい光をできるだけ実現しつつ、不必要な光をできるだけ排除する能力」、これをどうしたら身につけられるかですが、結論を言ってしまうと、「様々な光を見て経験を積む」しかありません。

そのことを理解していただくために、舞台照明の光の仕組みを、少し分解して詳しくご説明します。

照明デザイナーがやることは、基本的に「光のコントロール」なわけですが、一つの光に対してどのようなコントロール要素(パラメータ)があるかというと:

[1] ライトの機種(Fixture Type)
[2] ライトの設置位置(Fixture Position)
[3] 照射方向(Pan/Tilt)
[4] 照射範囲(Zoom/Iris)
[5] 光の形(Gobo/Focus/Blade)
[6] 光の色(Color)
[7] 光の明るさ(Dimmer/Intensity/Shutter)
( )内は調光卓で使われるパラメータ名の例

ざっとこの7つがあります。たとえば、「一人の人物にあたる一台のトップサスをつける」という照明だとすると:

[1] 機材種としては「1KWの凸」を使い
[2] 人物の立ち位置となる場所の上部に吊り
[3] 真下に光が照射するように向け
[4] 一人分の大きさになるようにフォーカスを調整し
[5] たとえば光が少し縦長になるようにバンドアで切り
[6] たとえば薄い青のフィルターを装着し
[7] たとえば調光70%で点灯する

という感じになります。照明デザイナーは、舞台上のすべての光の一つ一つに対して、それぞれ、この7つのパラメータを指定する必要があり、実際にそれを行なっています。しかもこれらのパラメータ(とりわけ[7]明るさ)は、舞台上の進行時間とともに必要に応じて様々に変化します。舞台を見ていると、照明がついたり消えたり色が変わったり、様々に変化しますよね。あれは、これらパラメータをコントロールしている結果と言えるわけです。

これらのパラメータは、図面や調光卓の画面に数字や文字で表示されることでも明らかなように、基本的に数値的データです。いっぽう、実際に舞台上に現れる光は、生物としての人間の視覚で認知されるもの(クオリア)です。そして、前述した照明家に求められる技術(欲しい光を実現しつつ不必要な光を排除する能力)とは具体的に何かというと、この「パラメータ」と「実際の光」を自在に行き来する能力のことにほかなりません。

たとえば、舞台リハーサルの途中にあるシーンで、「あそこにもう少しこういう光が欲しい」というような要望が生じたとしましょう。こういった要望は紛れもなく実際の光に対しての要望であるわけですが、それに対して、照明家は、「ではあのライトの照射範囲を広げましょう」とか、「このライトの明るさを増してみましょう」というように、照明のパラメータに変換をして対応します。

また逆に、照明デザイナーが「これこれのライトをもう少し舞台前に振って」とか「何々の明るさをプラス5パーセント上げて」のように、照明のパラメータの変更を言うとき、それは、その結果としての実際の光を改善しようとしているわけです。

このように、照明のパラメータと、視覚で感じられる実際の光との関係を理解・把握し、どちらからどちらへも瞬時に変換することのできる能力、これこそが照明デザイナーの「技術」(あるいは「センス」「能力」)だと、僕は考えています。

数値的なものと感覚的なものとの関係を修得するには、自分の身体を使って覚えるしかありません。たとえば、「水に砂糖を溶かせば甘い砂糖水ができる」ということは、実際に実験しなくても知識として知ることができます。しかし、200mlの水に大さじ1杯の砂糖(←数値データ)を溶かすと、それがどれぐらい甘い(←クオリア)砂糖水になるのか、という関係を覚えようと思ったら、自分の舌で味わいながら修得する以外に方法はありません。

同様に、照明のパラメータと実際の光との関係を修得するためには、数多くの実例を自分の目で見て覚える以外に、方法は無いのです。

この話はまだ続きがあるのですが、ちょっと長くなってきたので今回はここまでとして、次回、この続きを書きたいと思います。

【予告編】
照明家の技術(パラメータと光の変換能力)を、実際には照明家はどのように修得しているのか、について考えます。(予定)

この文章が面白かったという方、あるいは次回が楽しみという方、ぜひ「スキ」をお願いします。

では、また。

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