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📙ショートストーリー

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400字詰め原稿用紙で数えると 5~30枚程度の短編が揃っています。
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2023年10月の記事一覧

オール・アイ・トーチ [9]

【4・①】 「明璃ちゃんの今のその髪色って―」  10年振りくらいに見た彼女の髪はもう金髪じゃなくて、青味がかった薄い灰色をしていた。 韓国の女性アイドルがしそうなやつだ。「ああ。これ、そのまんまでブルーシルバーっていう色。そっか。あんた、ほんとに言ってた通りこっちには全然戻って来なかったから、私の髪色は金のイメージで止まってるのか」「うん、そうだね。高校の途中からあの色キープしてたし、 お気に入りなんだと思ってた」「ま、私も出来るならずっとあれ、プラチナブロンドでいたかった

オール・アイ・トーチ [8]

【3・➇】  明璃ちゃんは、今もお姉さんたちとは仲良くしている。彼女たちは卒業するタイミングで工場の正職員に昇格したりどこかの会社の事務員さんに転職したりしていた。そんなだったから、正直、うちら2人が何もしてない事はよく思ってもらえないかと不安だった。だけど、『あんたららしいわ』とかって感じで大目に見てもらえているみたい。ま、そもそも彼女たちとの間で何かあったとして私が心配するのは違うよね。お互いにいい加減、 自分のことは自分でどうにかしていかなきゃ。  ここ最近、私たちが

オール・アイ・トーチ [7]

【3・➂】  私は、これから何をしに明璃ちゃんの部屋に行くんだろうか。仲直り? 今朝のは一方的にイライラして『もういいッ‼』、って通話を切った向こうが悪いのに、なんで? ねえ、なんで?  私の中に色んな悪いイメージが浮かんでくる。あんな子もうどうでもいい。ていうか邪魔。消えろ。このあとあたしは江藤家の玄関で明璃ちゃんを包丁で何度も何度も刺して仕留める。はい、エンドロールどうぞ。  ぜーんぶあたしのくだらない妄想。だから私はいつも通りのメールを打つ。『今から行くね』、『どうぞ

オール・アイ・トーチ [6]

【3・➀】  午前5時20分、朱莉は目を覚ました。  机の上には大学入試用の問題集が数冊置きっ放しになっている。勉強することだらけで、この壊れた頭の容量はもういっぱいになってるだろう。そのくせ、ここのところ朱莉の気持ちはすっとしていた。彼女はいつの頃からか心配も不安も『そんなもんでしょ』、と割り切って考えられるようになっていた。そりゃあ病院でもらう薬も減るよね。自分の事をすっかり元気なんていう風には思わない。ODする回数はかなり減ってるし、引き出しの中に常備してるクスリの在

オール・アイ・トーチ [5]

【2・➆】  あの挑戦以来行くようになった明璃ちゃんの部屋は、自分のとこが大分ましに思えちゃうくらい荒んでいた。ほんと、メンヘラかくあるべし、なんていう表現がぴったりの散らかり具合で。きっと、『これでも週1でゴミ出して掃除機かけてるんだよ』っていうのが彼女なりの意地なんだろう。実際、カビた食べ物が落ちてたり体臭が充満してたりすることはない。とにかく、なんだかんだ居心地はいいんだ。私はもともとの綺麗好きが災いして、自分の部屋をしっちゃかめっちゃかにする勇気が持てずにいた。それも

オール・アイ・トーチ [4]

【2・➃】  あれから朱莉と明璃は毎日沢山のメールで話すようになった。 2人揃って調子がいいと、それぞれの部屋の窓を開け互いの顔を見ながら通話で話すこともある。今日は生憎、明璃が嫌がったのでメールの日だ。もっとも、朱莉だってまともに会話できる状態じゃあなかったからおあいこだ。 『4日分のクスリ一気に飲んじゃったー。アタマぐちゃぐちゃとぐるぐるでヤバいー』  朱莉には大きな変化があった。目を閉じたまま玄関を出て父親の車まで誘導してもらう方法で家から出られるようになったのだ。それ

オール・アイ・トーチ [3]

【2・➂】  朱莉は閉め切ったカーテン越しで窓ガラスに右頬をつけ、ぼんやりしていた。ちゃんと冷たい。それはどうでもいい感覚だった。だって私はもう、どこにも連れていってもらえないままこの部屋で朽ちて干上がっていくんだからさ。冷たいとか痛いとか苦しいとか、 あと嬉しいとか、どれもこれも関係ないよね。  そんな空想を膨らませながら、私は、笑い泣きしたせいで赤くなっちゃってるだろう目で世界を眺めていた。カアッ。カアッ。窓のすぐ外をまたカラスの声が飛んでいった。行ってらっしゃい、それ

オール・アイ・トーチ [2]

【2・➀】  午前4時57分。 朱莉は時刻を確認すると時計から目を離し、小さくため息を吐いた。 はぁ。  カーテンの隙間から見えるのは、黄色がかって幾重にも重なった分厚い雲。そして、その下を何の疑問も持たないで飛んでく沢山のカラスたち。嫌だな。嘘っぽくて、息が詰まる景色の朝だな。朱莉は目を閉じた。眠ったふり。安らかに旅立ってったふり。そうしているのにうんざりしてくると、私は、また目を開く。  あーあ。ぜーんぶ眼の前から消えていいのにな。眠剤の効きが切れて目を覚ます毎度の明