声にならない声

【詩】


声にならない声が

新宿駅地下道の雑踏を

風のように通り抜ける


何人かが気づいて振り返るが

声が意味するもの

声の主に気づくものはない


ぼくもそれに気づきはするが

後ろを振り返ったり前方を覗きみるだけで

その意味や実体をとらえることはない


いままた通り抜けた

今度のは深い哀しみを帯びていて

もう少しで手に触れられそうだった


ぼくのsenseがもう少し鋭かったら

ぼくの手足がもっと自由に動いてくれたら

それをつかまえられたのに


ぼくは立ち止まって目をつむり次の声を待つ

人波にこづかれながら神経を集中する

そして新たな声が発せられたことに気づく


徐々に近づいてくる声が

いままでよりゆっくりに思えぼくは

senseが鈍らないようそっと目をあける


声はまるで傷を負った獣のように

憎しみと苦痛を全身にまとい

まっすぐぼくに向かってきた


わずか30センチの至近距離で一瞬目が合い

そしてそれは右耳のあたりをかすめて

ぼくの後方へと飛んでいった


ゆっくりと後ろを振り返ると

それはもう無関心な雑踏に紛れ

どこかへ消え去っていた


誰かの発した声にならない声が

新宿駅地下道を

風のように通り抜ける


それに気づく人はいるが

誰もそれをとらえることはできない

そして無関心という名の群衆にのみ込まれる


でもあの右耳をかすめていったとき

ぼくは声の実体を微かにとらえた

それは「タスケテ」という言葉だった


tamito

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